日本フィルハーモニー交響楽団 第699回 東京定期演奏会|藤原聡 

日本フィルハーモニー交響楽団 第699回 東京定期演奏会 

2018年4月27日(金) サントリーホール 
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
指揮:ピエタリ・インキネン
コンサートマスター:木野雅之
ソロ・チェロ:辻本玲 

<曲目>
ワーグナー :
  歌劇『タンホイザー』序曲
  歌劇『ローエングリン』より第1幕への前奏曲
  歌劇『ローエングリン』より第3幕への前奏曲
ワーグナー(マゼール編):言葉のない『指環』 

 

今回の定期はインキネンが傾倒しているワーグナー特集。この指揮者と日本フィルが過去複数回取り上げて来た同作曲家の作品によるコンサートは『ワルキューレ』第1幕、『ジークフリート』『神々の黄昏』抜粋、そして『ラインの黄金』全曲、と全てが歌手の入ったものだった。それに対して今回は完全に「オーケストラル・ハイライト」。中でも注目すべきはマゼールが『指環』全曲の中から聴き所を極力原曲に手を加えることなく抽出、中断なくシームレスに接続してまとめ上げた約70分に及ぶ言葉のない『指環』であろう。 

1曲目の『タンホイザー』序曲は冒頭のホルンとクラリネットが極めて滑らかに吹奏され、響きは渾然一体となって楽器の音色の区別がつきにくいほどに融和させられていた。全体としての響きの練り上げを優先して角がなくまろやか、重厚さは抑え目であり、敢えて言うならば軽快。中間部後半のヴェーヌスベルクの音楽も音響的な壮麗さは控え目であり、全体としていかにもインキネンらしい清潔さと端正さが光る演奏だったと言える。筆者はその新鮮な演奏を楽しんだが、根っからのワグネリアンがこれを聴いたならコクと音の厚み、迫力に欠けると言うかも知れない。この辺りは好き好きではあろう。 

続く『ローエングリン』では、第1幕への前奏曲において弦楽器の清澄な音色は美しいのだが音が痩せ気味であり、より潤いと膨らみのある音が欲しいところ。後半部でも今一つカタルシスが得られないもどかしさを感じてしまったのだが、それよりも全体に音が「バラけている」ように聴こえたのはなぜだろう。それぞれのパート毎ではよくまとまっているのだが、そのパート間での音の受け渡しがいささかぎこちない。あるいは定期1日目の前半ゆえまだ本調子ではないのかも知れない。第3幕への前奏曲もいかにもスマート、無難な出来、の一語。 

以上、前半だけであれば彼らがその本領を発揮したとは言い難い不満が感じられたが、しかし後半は見違えるような響きを聴かせて驚く。もちろん編成の多寡の問題ではない。前半で散見された雑然としたオケの響きは解消、隙間風の吹かない目の詰まった音響的密度と表現の熱気が明確に違うのだが、殊に全曲の演奏時間の約半分を占める『神々の黄昏』における指揮者の音楽への共感度というか没入ぶり、緻密な各場面の描き方は常日頃のクールで淡白なイメージのインキネンとは別人のようだ。「ジークフリートの死と葬送行進曲」~「ブリュンヒルデの自己犠牲」の高揚感には陶然とさせられたほど。こうなるとインキネンのワーグナーをこれからも日本フィルで聴いてみたくなって来るというものだが、『トリスタン』はインキネンの元来の資質からすれば吉と出るかは分からないけれども(苦笑)、『オランダ人』や『タンホイザー』などは名演奏を聴かせてくれるのではないか。 

(2018/5/15)