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ディミトリ・コルチャック テノール・リサイタル|藤堂清

ディミトリ・コルチャック テノール・リサイタル

2018年3月15日 東京オペラシティコンサートホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ディミトリ・コルチャック(テノール)
浅野 菜生子(ピアノ)

<曲目>
グリンカ:すばらしい時を覚えている
ワルラモフ:白い帆がひとつ
ダルゴムイシスキー:私は嘆く
アレンスキー:《ラファエル》より〈舞台裏で歌う歌手の歌〉
チャイコフスキー:夜鳴うぐいす op.60-4 / セレナード op.63-6 / ただ一言でよかったのに
        《エフネギー・オネーギン》より〈どこへ行ってしまったのか私の青春の黄金の日々よ〉
ラフマニノフ:美しい人よ、私のために歌わないで op.4-4 / 春の洪水 op.14-11
——————–(休憩)———————-
ロッシーニ:約束 / バッカス祭り / 踊り
     《オテッロ》より〈ああ、どうして感じてくれないのですか〉
ドニゼッティ:《愛の妙薬》より〈人知れぬ涙〉
グノー:《ロメオとジュリエット》より〈ああ、太陽よ昇れ〉
マスネ:《ウェルテル》より〈春風よ、なぜ私を目覚めさすのか〉
——————(アンコール)——————-
ビクシオ:マリウ 愛の言葉
クルティス:忘れな草
レオンカヴァルロ:マッティナータ

 

柔らかくどこまでものびていく声、響きが安定し音程の揺らぎも少ない。弱声が耳元にすーっと届いてくる。一方で強声も力みがなく、聴き手の体全体をふるわせる。

ディミトリ・コルチャック、ロシア生まれの39歳のリリック・テノール。ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでアジリタの技術をみがき、その後、ネモリーノ、レンスキー、ロメオと、レパートリーを拡げている。このリサイタルの直前には、新国立劇場のオッフェンバック《ホフマン物語》でタイトルロールを歌い、ロールデビューを果たすとともに高い評価を得た。

プログラム前半はロシア物。グリンカ、ワルラモフ、ダルゴムイシスキー、チャイコフスキー、ラフマニノフの歌曲とアレンスキーとチャイコフスキーのオペラからという選曲。
コルチャックの甘い歌声が抒情的な歌曲にマッチしていた。
なめらかなメロディと弱声の美しさが際立つグリンカ、軽やかなリズムと言葉さばきが見事なワルラモフ、消え入るような最後の響きが印象的なダルゴムイシスキー。
チャイコフスキー、ラフマニノフはしっとりとした曲、弾むような曲の対比が見事。前者の〈セレナード〉の快活なメロディ、〈ただ一言でよかったのに〉の悲痛な感情表現、後者の〈美しい人よ、私のために歌わないで〉での哀愁にみちた表情、そして〈春の洪水〉の春をむかえた歓びがあふれ出る様子。さまざまの声の色を使い、リズムの微妙な変化をまじえながらメロディを紡いでいき、ロシア歌曲のロマン的なかおりで聴き手を包み込んでくれた。

アレンスキーのアリアは3拍子のリズムにのって歌われる比較的短い曲、強く張り上げることはせず、伸びやかな声を聴かせた。もう一つのオペラからの曲、チャイコフスキーの《エフネギー・オネーギン》からレンスキーのアリア、こちらも持ち役にしているだけに表情が細かい。出だしの “Kuda, kuda” の極端な弱声から、”Akh, Olga, ja tebja ljubil!” と思いの高まりを歌うときのダイナミクスの幅の大きさ、そして再び出だしの一節に戻り、余韻を残して終わる。

後半はイタリア語とフランス語の歌で構成された。
最初は彼の原点ともいえるロッシーニ。3曲の歌曲では、〈バッカス祭り〉で、低音域から高音域へ跳躍しても声の厚みが変わらず、リズムも安定していたことや、〈踊り〉の細かい音の動きにきちんと歌詞をのせていったことに感心。次の《オテッロ》のアリアにはノックアウト。そのアジリタの見事さ、ハイCの張りの力感、高音域から低音域への大きな下降でも響きが美しく保たれたこと、そしてイタリア語がはっきりしていることなど個別の良い点をあげることはできる。それ以上に、この一曲だけで、オペラの舞台に観客を連れていく力があった。
〈人知れぬ涙〉は抑えに抑えた弱声からはじめ、次第に盛り上げていき、輝かしい高音を聴かせる。
続くグノーとマスネはフランス語。どちらもオペラのどのような場面で歌われるかをよく考えていることがうかがえた。〈春風よ、なぜ私を目覚めさすのか〉の切々と訴えかけるところは見事。泣きを入れたりといったオーバーな表情付けなしで多彩な表現ができることは彼の強みだろう。

アンコールは3曲、どれもカンツォーネとして知られている曲。ここまでにはなかった思い入れたっぷりの歌い方を聴かせた。それに客席は大盛り上がり。

リリック・テノールとして理想的な声とテクニックを持っているコルチャック、2年前のリサイタルのときと較べても表現力が増している。自分の声にあった役柄には今回のホフマンのように積極的にチャレンジしているようで、すでに50以上のレパートリーがあるという。聴く機会が増えることを期待したい。

(2018/4/15)