ウィーン便り|ヘンデルの演奏会|佐野旭司
ヘンデルの演奏会
text & photo by 佐野旭司 (Akitsugu Sano)
前回は暖冬について話題にしたが、その後は暖冬というほどではなくむしろ寒い日が続いた。そして2月に2回ほど大雪になり、王宮庭園のモーツァルト像の前にあるト音記号もすっかり雪に埋もれてしまった。さらに2月の終わりになると寒波がやってきて、氷点下の日が続いていた。
さてそんな中、今回は天候とは全く関係ない話題だが、2月の終わりにはヘンデルの演奏会に2日続けて足を運ぶ機会があった。
2月25日にはアン・デア・ウィーン劇場Theater an der Wienでオラトリオ《サウル》を、2月26日には国立歌劇場Staatsoperでオペラ《アリオダンテ》をそれぞれ観てきた。
《サウル》は旧約聖書「サムエル記」に基づくオラトリオで、初代イスラエル王サウルと勇敢な羊飼いの若者ダヴィデの運命を描いた作品である。一方《アリオダンテ》は16世紀のスコットランドを舞台にしたオペラで、互いに愛し合う王女ジネーヴラと騎士アリオダンテが恋敵の謀略により引き裂かれるも最後は誤解がとけてめでたく結ばれる、という物語による。《サウル》の方は現代的な演出で、片や《アリオダンテ》はいわゆるオーソドックスな演出で、対照的ではあったがどちらも見応えがあった。
両公演とも本格的な古楽演奏によるもので、An der Wienではフライブルク・バロックオーケストラFreiburger Barockorcheterとアルノルト・シェーンベルク合唱団Arnold Schönberg Chorが、Staatsoperではレザール・フロリサン Les Arts Florissantsとグスタフ・マーラー合唱団Gustav Mahler Chorがそれぞれ出演していた。どちらもソリスト、オーケストラ、合唱ともに非常に素晴らしい演奏だった。
古楽演奏となると、私は舞台作品であっても歌や演出よりもオーケストラに気を取られてしまうが、両公演とも通奏低音が充実していた。どちらもチェンバロのほかにテオルボ(もしくはアーチリュート?)を、そしてAn der Wienではさらにバロックギターやポジティブオルガンも使用していて、色彩豊かな響きになっていた。
また歌のほうで特に印象に残ったのは、《アリオダンテ》のポリネッソ公爵だった。ポリネッソ公爵は前述の恋敵で陰険な悪役だが、ソリストのクリストフ・デュモー氏は軽い声のカウンターテナーで、それがいやらしさを見事に表していて、かなりのはまり役だったと思う。
ちなみにAn der Wienでは18世紀およびそれ以前の作品を上演する時はピリオド楽器を用いることがよくあり、少なくとも自分がこれまでに観たパーセルの《妖精の女王》やサリエリの《やきもち焼きの学校La scuola de´gelosi》、ハイドンの《アルミーダ》はいずれもそうだったと思う。
一方でStaatsoperでは古楽演奏による上演は珍しく、たぶん一昨年の秋にマルク・ミンコフスキが来てグルックの《アルミード》とヘンデルの《アルチーナ》を指揮して以来だろう。そもそもこの歌劇場ではバロック時代の作品を上演することも滅多にないのではないだろうか(少なくとも最近は)。
ところで今回の2公演では、観客の入り具合に差があったのも印象的だった。Staatsoperでは人気のある公演の場合、特に立見席は大勢の人であふれ窮屈に感じるけど、今回の演奏会ではかなり余裕があった。
ちなみに一昨年のミンコフスキによる公演の時も同じような状態で、立見席にいながら窮屈でなく悠々と見られるのはありがたいけど、こんなに素晴らしい演奏なのにもったいないと思った。そして今回の《アリオダンテ》の公演でも同じような印象を受けた。
それに対し、今回のAn der Wienの公演は状況が違っていた。この公演は座席で見たかったけれど、事前にチケットを買おうとしたらすでに売り切れていて、仕方ないので当日売りの立見席のチケットで入った。ここの立見席は他の会場(MusikvereinやStaatsoper、Volksoperなど)とは違って両サイドにあるので、舞台が見にくい。それでもその立ち見席でさえもほぼ満員だった。他の会場に比べて立ち見のスペースは狭くまた座席の総数もStaatsoperに比べて少ないかもしれないが、そういったことを差し引いても、どちらもヘンデルの作品を取り上げ、しかも演奏のレベルに差があるわけでもなく、それでいてこのように客の入りに差があるのは面白い。両公演ともあれだけ素晴らしい演奏だったことを考えると、私の感覚としては、An der Wienのように満席になるのがむしろ当然で、逆にStaatsoperのように客席に余裕があるのが不思議なくらいだ。もしかしたらStaatsoperとAn der Wienでは観客の層が違うのかもしれない。
私が普段研究しているのは20世紀初頭のウィーンの音楽史で、バロック音楽は全くの専門外だが、芸大ではバッハカンタータクラブや西洋中世古楽会といったサークルに長いこと所属していて、古楽演奏も趣味として行ってきた。そのため古楽を専門的に演奏している友人も少なくなく、サークル以外の場でも彼らの演奏会を聴きに行くことも何度もあった。
そうしたこともあり、古楽の演奏を聴くと、芸大にいた頃を思い出して懐かしい気持ちになる。
(2018/3/15)
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佐野旭司 (Akitsugu Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在オーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中。