藤村実穂子リーダーアーベントV|藤堂清
2018年2月28日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤堂 清 (Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)
<演奏>
藤村実穂子(メゾ・ソプラノ)
ヴォルフラム・リーガー(ピアノ)
<曲目>
シューベルト:
ガニュメート D544
糸を紡ぐグレートヒェン D118
ギリシャの神々 D677
湖上にて D543
憩いなき愛 D138
ワーグナー:ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌曲
天使
止まれ!
温室で
痛み
夢
——————–(休憩)———————-
ブラームス:
セレナーデ Op.106-1
日曜日 Op.47-3
五月の夜 Op.43-2
永遠の愛 Op.43-1
私の恋は緑 Op.63-5
マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌曲
美しさゆえに愛するなら
私の歌を見ないで
私は優しい香りを吸い込んだ
真夜中に
私はこの世から姿を消した
——————(アンコール)——————-
マーラー:原初の光(《少年の魔法の角笛》より)
R.シュトラウス:明日!(《4つの歌》Op.27,TrV170より)
50代をむかえた藤村のドイツ歌曲、歌詞をていねいに紡ぎながら、微妙に音の長さ、音量、音色を変化させる。基本となるリズムはがっちりとしているから、細かなゆらぎが活き、歌の表情を多彩なものにする。
ピアノのヴォルフラム・リーガーは、彼女の歌によりそいつつ、ピアノ・パートの表現によって歌曲に深みを与える。
プログラムの中で広瀬大介氏が、藤村について「求道者」という言葉を使っているが、歌曲という小さな世界を突き詰めていく彼女にふさわしい表現だと思う。藤村とリーガー、二人に導かれ胸を熱くした感動的なコンサートであった。
2014年以来、4年ぶりとなった藤村実穂子のリーダーアーベント・ツァー、この日と同じプログラムで7箇所で行われる。
シューベルト、ワーグナー、プラームス、マーラー、それぞれ5曲づつのブロックで構成。ワーグナーの《ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌曲》とマーラーの《リュッケルトの詩による5つの歌曲》は作曲者自身が曲集としてまとめたもの、最初のシューベルトはゲーテの詩による歌曲が中心、ブラームスは愛を歌うものと、ブロックごとにテーマがある。
シューベルトの〈ガニュメート〉の初めの部分 “Morgenglanze” という言葉がやわらかく、しかも明瞭に歌われる。これまでの彼女のかための言葉さばきとは少しちがうぞと感じる。時として語尾の音をのみ込むように途中で弱くなることがあったのだが、後半で、”Ich komm’, ich komme! ach!” と盛り上げていくところでも響きが切れない。最後の子音まできちんと聴こえる。二曲目の〈糸を紡ぐグレートヒェン〉では、恋人への思いを歌う部分に入るとテンポを落とし、母音の音量を少し大きめにする。それにより再び糸車が動き出したときの歌い方との違いがより明確になる。〈ギリシャの神々〉(フリードリヒ・フォン・シラーの詩)の冒頭、そして曲中で何度も繰り返される “Schöne Welt, wo bist du?” という一節、以前は強く歌おうという意識のためかヴィブラートがかかり、音程が上下する印象があったのだが、この日はごく自然に伸ばしていた。一方で〈憩いなき愛〉のような早い歌で、音域が変わっても響きの厚みを保ったまま言葉を載せていった。
一つ一つは小さなことだが、歌曲を形作るうえで大切なこと。彼女のようにすでに実績があり、評価も高い人が、いまでも努力し、向上していることに感動をおぼえた。
《ヴェーゼンドンクの詩による5つの歌曲》は以前のリサイタルでも取り上げているし、オーケストラ版でも歌っている、お得意のレパートリー。〈天使〉の歌い出しから会場が濃厚な空気につつまれた。シューベルトの場合とは違い、彼女の声がごく自然にワーグナーの世界へと導いてくれる。〈止まれ!〉のように言葉を転がすようなときも、〈痛み〉における大きな音でも、彼女の歌がピタリとはまっていく。最後の〈夢〉での弱声の美しさとゆったりと変化していく声の流れに、別世界に連れていかれるようであった。
後半のブラームスの歌曲は、このプログラムの中では明るめな曲。リズミカルな曲想も、たっぷりと歌う曲も見事なもの。〈日曜日〉のコミカルな歌い口はいままでの彼女にはみられなかった。4曲目の〈永遠の愛〉と5曲目の〈私の恋は緑〉とはほとんど間を空けずに歌われた。前者での男女の気持ちのすれちがいを一掃しようという意図だったのだろう。
この曲集も含め、マーラーの歌曲は彼女にとってホームグラウンドの一つ。以前と違うのは単語一つ一つに表情があるところ。〈真夜中に〉の各節の最初と最後におかれた “Um Mitternacht” という言葉の豊かな表現がその良い例。
〈私はこの世から姿を消した〉で終わるプログラム、続くアンコールの〈原初の光〉、聴衆にとって厳しく、重いものであった。アンコールの二曲目〈明日!〉で小さな希望を与えられて終わった。
今回のリサイタルでは、彼女の歌曲の歌い方が多様性を持つ方向に変わってきたように感じた。これからどのような世界を見せてくれるか楽しみである。
(2018/3/15)