Menu

東京芸術劇場 ビゼー:歌劇《真珠とり》|藤堂清

東京芸術劇場コンサートオペラvol.5
ビゼー:歌劇《真珠とり》全3幕 
(演奏会形式、日本語字幕付フランス語上演、照明付)

2018年2月24日 東京芸術劇場コンサートホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<出演>
指揮:佐藤正浩
管弦楽:ザ・オペラ・バンド

レイラ(尼僧): 鷲尾麻衣
ナディール(漁夫): ジョン・健・ヌッツォ
ズルガ(ナディールの旧友、真珠とりの頭領): 甲斐栄次郎
ヌーラバット(バラモン教の高僧) : 妻屋秀和
コーラス:国立音楽大学合唱団(指導:工藤俊幸、秋山理恵)

 

2005年のヴェネチア・フェニーチェ劇場の来日以来、13年ぶりの上演となる。歌手も合唱団員も楽譜をおいての演奏、文字通り演奏会形式の公演である。日本では取り上げられる機会は少ないが、有名なアリアや二重唱があり人気のある演目、客席はほぼ埋まっていた。
このオペラは、《カルメン》以上に楽譜の問題が複雑である。
1863年の初演時には18回の公演が行われたが、ビゼーの死後ミラノ・スカラ座が上演のため出版社シューダンスに問い合わせたところ、オーケストラ譜が行方不明となっていた。このため、第3者がオーケストレーションを行い公演を行った。さらに変更が加えられたものが1893年版として出版されている。初演から100年後の1963年になりオリジナルに戻そうという動きが出て、1863年版のヴォーカル・スコアを1975年に出版。オーケストレーションはアーサー・ハモンドによるもので、それに基づく上演が多くなった。1990年代に入りフランス国立図書館で、ビゼー自身による6段の短いスコアが発見され、それらに基づきブラッド・コーエンが改訂を行い、2002年に新たなヴォーカル・スコアがペータース社から出版された。2012年、オペラ・コミック、コンセルトヘボウ、2014年、テアター・アン・デア・ウィーン、2015年、メトロポリタン・オペラ(2016年の映像あり)、などこの版による上演が徐々に拡がってきている。
この日の東京芸術劇場での上演は一部を除き1975年出版のシューダンス版で行われ、フェニーチェ劇場の公演と大きな差異はなかった。

さて、前置きはこのくらいにして演奏に移ろう。

まず歌手であるが、レイラの鷲尾麻衣は37歳と若いが、ナディールのジョン・健・ヌッツォは51歳、ズルガの甲斐栄次郎は48歳、ヌーラバットの妻屋秀和は50代半ばと全体としてはベテランが揃った。
ヌーラバットは他の3役と較べると歌う場面は少ないが、ベールをかぶったレイラを連れてくる、寝ている彼女のところへ忍んできたナディールを見つけるといったようなストーリーの転換のきっかけとなることが多い。この役を妻屋ような力のある人が歌ったことで、ドラマの展開がはっきりと示された。
ズルガは、ナディールとの友情、レイラへの秘めた愛、真珠とりの頭領という立場、場面ごとに別々の思いに大きく突き動かされる役柄である。甲斐は中音域の安定した響きを活かし、独唱や二重唱を歌っていった。レイラがナディールの助命を求めるのに対し、自分も彼女を愛していたと告白し嫉妬の想いを歌うときの強い表情、レイラが母に形見に渡してとたのんだ首飾りをみて、彼女が自分の命の恩人であったと気付いたときの声の変化、歌役者といってよいだろう。この日の演奏の中核となって支えていた。
しばらく大きな舞台でみることが少なくなっていたヌッツォであったが、無理に声を張り上げず、やわらかい歌い口で聴かせてくれた。ナディールのロマンスでのファルセットの美しさは以前の活躍を思い起こさせるものであった。また、レイラとの重唱では彼女を丁寧にリードしていた。
鷲尾は新国立劇場のオペラ研修所の研修生のころに何度か聴いていたが、終了以降、大きな役を歌う機会が少なかったように思う。レイラという役は彼女にとって初役であろうし、だいぶ緊張があったのかもしれない。中音域でゆったりと歌うところでの響きは美しい。しかし高音域で強い声を出そうとすると喉がしまったような感じとなり充分な響きが続かない。この役にはコロラトゥーラ的な要素と強めの声を必要とする部分があり、なかなかむずかしいが、舞台経験をさらに重ねることで力の入れどころも分かってくることだろう。良い素質にめぐまれているが、もう少しリリカルな役の方が合っているように思う。今後に期待したい。

指揮の佐藤正浩は、ていねいな音楽作りでオーケストラからフランス的な音色を引きだした。軽やかな部分の明るい響き、幕切れ近くのダイナミクスの強さなどは印象的であった。この日の成功は彼によるといえるだろう。
オーケストラのザ・オペラ・バンドは、指揮者の佐藤とコントラバス奏者の今野京により2005年に設立され、オーケストラ・ピットに入り演奏することを目的に活動してきている。首都圏のプロオーケストラ演奏家を中心に編成されており、東京芸術劇場のコンサートオペラ、2014年《ドン・カルロス》、2016年《サムソンとデリラ》にも出演している。常設でないというハンディキャップを乗り越え、充実した音を聴かせてくれた。
合唱の国立音楽大学合唱団は、強い声の部分では迫力があり良いのだが、弱声で歌うところでは個々人の声の彫琢とパートごとの音合わせの徹底をと感じた。

《真珠とり》のように、知られているわりに上演機会の少ないオペラを取り上げてきた東京芸術劇場のコンサートオペラ、楽譜を見て演奏するのであれば、舞台でその役の経験がない人でも歌うことはできるであろう。佐藤の得意とするフランス・オペラ、例えばマスネの《タイス》といった演目の上演を期待したい。

(2018/3/15)