五線紙のパンセ|敦盛|伊左治 直 

敦盛

text by  伊左治 直 ( Sunao Isaji)

子供の頃に『黄金の日日』という大河ドラマがあり、織田信長の有名なセリフ「人間五十年」が印象的だった。ちなみに信長役は高橋幸治。現在でも信長に最も似ている俳優と言われる。主役は呂宋助左衛門で、その海洋冒険譚や南蛮渡来の文化は子供心に魅力的だった。わたしが西洋音楽史と向き合うとき、日本史を重ね合わせる感覚が身に付いたのもこの頃からである。また、そのドラマで姿を表した内藤昌の安土城復元案には、吹き抜け構造や空中能舞台などがあり、なんとも凝った和洋折衷な建築の美があった。これが今に至るまで日本史や民俗学にハマってゆくことに繋がってゆく。そして病弱だったわたしは、この「人間五十年」という言葉を一つの目安として意識していた。

だが早いもので、やがて実際に「人間五十年」を迎えることになる。そこで今年予定されている幾つかの活動の中から、人生の上でも重要と思える二つの演奏会について、今回は書いてみたい。

まずは10月30日にトッパンホールで初演予定の合唱作品についてである。
この演奏会は指揮者の西川竜太の企画で、八村義夫の生誕八十年祭として開催される。プログラムは八村の《アウトサイダー》と題された二つの作品を中心に据えるが、八村の合唱作品はこの二曲しかない。そのため、わたしの新作を含め、それ以外の関連ある作品も加わることなる。そのことが多角的に八村の世界を浮かび上がらせることになるだろう。

八村の作品は、わたしが二十歳の時に極めて重要な位置を占めることなり、それは音楽活動の出発点の一つになった。とはいえ“影響”とは明らかに違い、それよりもっと本質的なもの、あえていえば“共振”のような感覚に近い特別な感覚だった。そのため八村の作品とともに新作初演される意味は、わたし自身に取ってはとても大きい。

久しぶりに八村の著書『ラ・フォリア』を読んでいる。本を開くと当時の新聞の切り抜きが挟まってあった。八村の訃報と、遺作となった《ラ・フォリア》を含む二つの演奏会の批評記事(ちなみに丘山万里子さんの執筆)。そういえば八村が亡くなった時、あらゆるところで「夭折」という言葉で語られていたことが思い出される。だが、たびたび入院生活をしていた私にとって「夭折」は大人になれずに死んで行く子供の“特権”であり、五十歳にほど近い大人(八村は46歳で逝去)を「夭折」と語ることに拒絶反応をもったことを強く覚えている。

自作の話に戻ろう。今回の合唱作品のテキストは、この企画が持ち上がった当初から決まっていた。わたしが八村に“共振”したのと同時期に深く読み込んだ、原口統三の《天外脱走》である。これは『二十歳のエチュード』に収められている初期詩編の一つ。原口は自作の詩の殆どを捨て、断片だけを大量に書き残し『二十歳のエチュード』として纏め、二十歳に少しだけ届かない十九歳十ヶ月で入水自殺を遂げた。《天外脱走》をテキストとすることは、(わたしが)二十歳の時から考えていたが、しかしこれは特別な演奏会のためのものとして長らく保留にしていたものでもあった。

写真は『二十歳のエチュード』と、その自筆原稿のコピーである。自筆を見ると、思いつきで書いたのではなく、細部に手が加えられているのがよくわかる。その原口統三の没後五十年にあたる1996年に、わたしは最初の個展を開催した。この自筆原稿のコピーは、その時に原口の関係者の方から“お祝い”としていただいたものである。奇縁にも、大変お世話になっていた音楽家のお母様というのが、原口が生前最後にお会いした方だったのだ。原口はショパンを愛好していたので、プログラム前後半それぞれ冒頭にショパンの曲を置いた。そのような、なにか“核”となる自作以外の曲を入れるのが、それ以後の個展のスタイルになった。

この96年にはじまり、2002年、そして(前回少し触れた)05年、12年に続き、今年12月2日に久しぶりに個展を開催する。まったくの自主企画としては実に16年ぶり。もちろんこれが、もうひとつの演奏会の紹介になる。プログラム内容は、ここ近年の再演機会の少ない室内楽作品を軸に、おそらく2時間を越えるものになる。楽器編成は雅楽楽器と西洋楽器の和洋折衷。そしてわたし自身も出演する。
会場の求道会館は特殊な会場で、教会のようでありながら、その実態は仏教の集会場である。創設者の近角常観は明治時代に欧州留学を経験した僧侶であり、和洋折衷建築にもその影響が顕れている(設計は武田五一)。東京都の有形文化財でもある会場は土足厳禁。靴を脱ぎ音楽を聴く体験は、耳をひらく効果があるだろう。それら全てが、演奏される作品に必然的な意味を持たせてくれるはずだ。会場に足を踏み入れた瞬間から終演までを、ひとつの現象として捉えていただきたい。わたしの音楽における世界観の具現化が、一夜限りの“宴”の空間を創造することで完成される。
また今回の個展が12月2日であるのは90年代の10年間、杉山洋一、新垣隆、福島康晴と開催した音楽祭「冬の劇場」へのオマージュでもあり、音楽の“場”を一から作り上げる原点回帰になるだろう。

正直なところ、自分自身が五十年を生きられるとは思っていなかった。フィネガンズウェイクが死と再生であるように、こうして過去の活動を完結させ、新たにひらける世界を予感している。

 (2018/2/15)

★演奏会情報

八村義夫生誕八十年祭
2018年10月28日 於:トッパンホール(後日詳報)

伊左治直 個展
2018年12月2日 於:球道会館(後日詳報)

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伊左治 直(Sunao Isaji)
現代音楽系の作曲や即興演奏から、ブラジル音楽や昭和歌謡曲などのライブなど、様々な活動を展開している。サッカーや映画、日本史、時代劇、民俗学の愛好家でもあり、それらの興味は作曲へ強く影響を与えている。
作品集CDに《熱風サウダージ劇場》(FOCD2565)がある他、主な活動として、ラジオオペラ「密室音響劇《血の婚礼》」(NHK・FM)、「音楽の前衛Ⅰ~ジョン・ケージ上陸」アート・ディレクター、「ジャック・タチ・フィルム・フェスティバル」オープニングライブ、「原口統三没後五十年祭—伊左治直個展」「南蛮夜会—伊左治直個展」、雅楽作品《紫御殿物語》、声明・謡・民謡・ポップスの共演と映像による《ユメノ湯巡リ声ノ道行》、鼓童とオーケストラのための《浮島神楽》などがある。2005年、及び2012年にサントリー芸術財団による個展を開催(大阪いずみホール)。
これまで日本音楽コンクール第1位、日本現代音楽協会作曲新人賞、芥川作曲賞、出光音楽賞などを受賞。
なお、頻繁に間違えられるが「伊佐治」や「伊左地」ではなく「伊左治」が正確な表記である。