藤原歌劇団:《ナヴァラの娘》《道化師》|藤堂清

藤原歌劇団公演
ジュール・マスネ:《ナヴァラの娘》
ルッジェーロ・レオンカヴァルロ:《道化師》

2018年1月27日 東京文化会館
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<スタッフ>
指揮:柴田真郁
演出:マルコ・ガンディーニ
合唱指揮:須藤桂司
美術:イタロ・グラッシ
衣裳:シモーナ・モッレージ
照明:奥畑康夫
舞台監督:斎藤美穂
副指揮:諸遊耕史、鬼原良尚
演出助手:堀岡佐知子

<キャスト>
《ナヴァラの娘》
  アニタ:小林厚子
  アラキル:小山陽二郎
  レミージョ:坂本伸司
  ガリード:田中大揮
  ラモン:松岡幸太
  ブスタメンテ:安東玄人

《道化師》
  カニオ:笛田博昭
  ネッダ:砂川涼子
  トニオ:牧野正人
  ペッペ:所谷直生
  シルヴィオ:森口賢二

合唱:藤原歌劇団合唱部
児童合唱:多摩ファミリーシンガーズ
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

《道化師》とのダブルビルといえば《カヴァレリア・ルスティカーナ》ということが通例だが、今回はマスネの上演される機会の少ない《ナヴァラの娘》との組み合わせ。
この二つのオペラ、ともに二幕仕立て、間奏曲で間をつないでいる。今回の上演では二つの演目とも同じ大道具を用い、同一の場所で、戦争中、戦後におこった出来事として演出しており、「ダブルビル」とする意味を強めていた。

最初に演奏された《ナヴァラの娘》は本公演が日本初演。演奏時間50分ほどの短いオペラだが、そこに第1幕7景、第2幕5景が凝縮されている。
1870年代王位継承戦争さなかのスペイン、ビルバオを包囲する軍陣が舞台。身よりのない娘アニタと、恋人アラキルを含む軍人たち、アラキルの父、農場主レミージョが登場人物。アニタとアラキルは結婚を望んでいるが、レミージョは高額な持参金を要求し、それを阻止しようとする。指揮官ガリードが敵将を殺した者に報償を与えると口走ったのを聞いたアニタは、自分にやらせてくれといって敵陣へ走る。事情を知らぬアラキルは彼女を追う。目的を果たしたアニタはガリードから金を受け取り、このことを口外しない約束をする。結婚できるという喜びとともに、血塗られた金に複雑な思いのアニタ。そこへアラキルが瀕死の状態で運びこまれる。持参金ができたという彼女に、その由来への疑念をぶつけるアラキル、鎮魂の鐘の音で敵将の死を知り事情を察するが、そのまま死んでしまう。狂気に落ちたアニタの笑いのうちに幕となる。
ストーリーはいかにもヴェリズモ的だが、マスネの旋律美で埋め尽くされている。各場面が短いだけに、美しいメロディーが次々と流れ去ってしまうようで、もったいない。ワーグナーに倣ったライトモティーフの使用も聞きとれる。

この曲のなかではアニタが中心となる。戦場から戻ってきていないアラキルを心配する場面の切々とした響き、再会を喜びあう明るい声、レミージョに問われ素性を明かしアラキルとのなれそめを語る歌、敵陣から戻っての気持ちの大きな動きの表現、そして最後の狂気の笑い声。そういった幅広い表情を小林厚子は厚めの声で歌いあげた。この日の公演の成功にもっとも貢献していた。
ついであげるべきは、柴田真郁の指揮とそれに応えた東京フィルハーモニー交響楽団。ストーリー同様、音楽もどんどん変わっていく。その細かな動きに対応した指揮であり、オーケストラであった。強いアクセントを要求される場面も多いが、そのようなところでも整った音色を保っていた。
男声歌手陣も、それぞれの役をきちんと歌いこなしていた。とくにガリードを歌ったバス、田中大揮に将来性を感じた。いずれにせよ、全員のレベルが確保されていたことで、この短いオペラ全体が緊迫感あふれるものとなったのはうれしいことである。

《道化師》は《ナヴァラの娘》と同じセットであるが、後者でバリケードとして積み上げられていた椅子が撤去され、平和を取り戻した村に道化師の一団が公演にくるという設定。
ネッダが戦争孤児であったとすれば、一続きの物語ととらえることもできる。小人数ではあるが、兵士たちも舞台にあらわれる。

こちらは実演を聴く機会も多く、演奏、演出を中心に見ることになる。
プロローグの前口上、トニオの牧野は客席最前列下手に立って歌った。ここでの立派な声とトニオとして歌っているときの腹に一物持っているような歌い口には大きな差があり、その表現力は見事であった。
カニオの笛田は決して張り上げることなく歌い進めた。もともと持っている厚みのある声をコントロールし、ドラマティックでありながら均質な響きで会場全体をうめる。演技面でも、身長の高さもあり、最後の場面でネッダを追い詰めるところなど怖いと感じる。立派な歌役者になってきた。
自由に憧れるネッダだが、彼女にとってカニオは子供のころから常にあった束縛、トニオも機会があればと狙っている存在、道化師たちに囲まれた状況から逃れる希望であったシルヴィオも、彼の強い思いで彼女を引きずっていこうとする。こういった閉塞感を砂川は余すことなく表現していた。彼女のリリコの美しい声、そして明瞭な言葉が舞台を引き締めていた。
こちらでも、柴田の指揮、東京フィルハーモニー交響楽団は着実な演奏を聴かせた。
ただ、マスネと較べてしまうと、《道化師》でのオーケストラはずいぶん単純なものに思える。

《ナヴァラの娘》は、《カヴァレリア・ルスティカーナ》や《道化師》の成功に刺激されて書いたと言われるが、彼はすでに《ラオールの王》、《マノン》、《ウェルテル》といった作品で高い評価を受けており、この曲も彼のオーケストラの扱いの見事さが分かる。もっと上演されてよい作品だろう。
この二つの演目によるダブルビル、藤原歌劇団の挑戦的な試みであったが、すばらしい成果を生んだ。

(2018/2/15)