小人閑居為不善日記|光と闇、《ゲド戦記》と《スター・ウォーズ》|noirse
光と闇、《ゲド戦記》と《スター・ウォーズ》
text by noirse
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アーシュラ・K・ル=グウィンが亡くなった。代表作はいくつかあるが、ル=グウィンといえば、何と言っても《ゲド戦記》だろう。
第1巻《影との戦い》の刊行は1968年。アメリカのみならず、世界中で政治運動が頂点を極めていた。《ゲド戦記》は、光と闇の戦いを描いた、まったくの異世界の話だ。現実とは程遠い。だがこの作品は、当時の若者たちに強く支持された。
その理由を手早く掴むには、《指輪物語》を経由した方がいいだろう。J・R・R・トールキンが《指輪物語》の大半を執筆したのは二次大戦中、刊行は1950年代半ばだった。だが世界中で読まれるようになったのは、60年代半ば以降、アメリカでの人気がきっかけだった。
ドワーフやエルフ、人間たちが混在する社会と戦争。指輪の持つ大いなる力。闘争に勤しむ学生やヒッピーたちは、《指輪物語》を反戦小説として読んだ。「ガンダルフを大統領に」という声が飛び交い、監督がスタンリー・キューブリック、キャストはビートルズという、壮大な映画化企画まで持ち上がったくらいだ。
《ゲド戦記》の支持も、政治運動や、新しい思想と同期していた。ル=グウィンの父親は人類学者で、母親は夫が研究していたインディアン「イシ」の伝記を執筆している。ル=グウィンの作品にも、キリスト教の教義とは異なった、ネイティヴ・アメリカンの思想が反映しており、こうした観点から、エコロジー思想などへの影響が指摘されている。
当時の若者は東洋思想を好んで読んだが、ル=グウィンも老子の道教思想によく言及している。また、フェミニズムの観点からも盛んに読まれている。
もっとも、トールキン自身は、《指輪物語》と現実世界はまったく関係がないと述べている。だが《指輪物語》や《ゲド戦記》に、現実世界と連動する想像力が備わっていたのは事実だろう。
一方、日本人からすれば、マンガやアニメ、ゲームへのインパクトが大きいだろう。《指輪物語》は、テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(TRPG)のビッグタイトル、《ダンジョンズ&ドラゴンズ》の発想元になったと言われている。その後TRPGの舞台はコンピュータ上へ移り、さらに日本へ渡っていった。《指輪物語》の打ち立てた西洋ファンタジーの世界観は、《ドラゴンクエスト》や《ファイナルファンタジー》など、ロールプレイングゲーム(RPG)の定番となった。
《ゲド戦記》は、宮崎駿が影響を受けたと広言している。《風の谷のナウシカ》は、《ゲド戦記》の宮崎流解釈だ。
ドラクエやFF、ナウシカに夢中になった子供たちは、西欧ファンタジーの世界にどっぷり浸かり、成長した。現在の日本のカルチャーにおける西洋ファンタジーの定着に、《指輪物語》や《ゲド戦記》が関与したのは間違いない。
だがそこに、《指輪物語》や《ゲド戦記》が秘めていた、現実と連動するような想像力は、未だ残っているのだろうか。
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《指輪物語》の映画化は、2001年から2003年に渡って、ピーター・ジャクソンにより、《ロード・オブ・ザ・リング》三部作というかたちで果たされた。しかしこの作品が、たとえば当時のブッシュ政権が抱えていた諸問題、特にイラク戦争に重ねて作られているのかと言われれば、それは難しいだろう。
《ゲド戦記》は宮崎駿の息子、宮崎吾郎によってアニメ化された。長大な物語を父子の話に収斂した点を評価する向きもあったが、現実を反映しているかと言われれば、やはり何とも言い難い。
《ロード・オブ・ザ・リング》と前後して公開された《ハリーポッターと賢者の石》(2001)により、ファンタジー小説の映画化ブームが到来した。だが、そのほとんどが、現実とは乖離した世界として作られている。
トールキンの言う通り、ファンタジーはあくまで別世界だ。ル=グィンも、基本的には心の問題として《ゲド戦記》を執筆した。であれば、こうした姿勢を一面的に責めることはできまい。
だが、もちろん例外もある。少し搦め手になるが、スター・ウォーズ・シリーズを見てみよう。
《指輪物語》や《ゲド戦記》は、《スター・ウォーズ》(1977)の発想元のひとつと目されている。真偽は定かではないが、1944年に生まれたジョージ・ルーカスも、当然《指輪物語》や《ゲド戦記》の熱狂を目にしていたはずだ。
また、ルーカスが世界中の神話を分析して《スター・ウォーズ》を組み立てたことはよく知られている。これはトールキンやル=グィンと同じであり、ルーカスは一種のファンタジーとして《スター・ウォーズ》を構想したと解釈することもできるだろう。
だがルーカスは、神話的世界を創造しつつも、あくまで個人的な物語として《スター・ウォーズ》を構成していった。《スター・ウォーズ》の中に、ルーカス自身と父親の確執を読み込む者は多い。また《スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス》(1999)から始まった新三部作は、主人公の暗部を抉りだす内容に終始しており、これを人間関係に悩んだルーカス自身の苦悩が反映されているという見方もある。
ダークなトーンに終始した新三部作は、ファンの期待に応えられず、予想以上の成功を得ることはできなかった。ルーカスはスター・ウォーズの新作の権利をディズニーに売却し、以降タッチしていない。
新たなスター・ウォーズ・シリーズ――以降、便宜上「ディズニー版」と呼ぶ――は、ルーカスの失敗を教訓として、ファンの期待を大きく損ねることがないよう神経を払っている。こうした配慮が功を奏してか、観客にも批評家にも、概ね歓迎されているようだ。だがディズニーは、一方で新たな要素も盛り込んでいくことも忘れてはいない。
ディズニーは《アナと雪の女王》や《ズートピア》で展開したポリティカル・コレクトネスを、スター・ウォーズにも持ち込んでいった。オリジナルの《スター・ウォーズ》のメインキャストの多くは白人、それも男性優位で占められていたが、《スター・ウォーズ/フォースの覚醒》(2015)では主役を白人女性のデイジー・リドリー、サイドを固めるメインキャスト2人を黒人男性のジョン・ボイエガとグアテマラ移民二世のオスカー・アイザックで固めた。ここには、かつて《指輪物語》や《ゲド戦記》が備えていたような、現実へ侵入するファンタジーの想像力を、スター・ウォーズに持ち込もうという気概が感じられる。
しかしわたしは、ディズニーの意図は空回りしていて、状況に応答できていないように思われて仕方ないのである。
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ディズニー版スター・ウォーズの基調のひとつに、反乱軍の精神の気高さを描く点がある。強大で非情な帝国軍に、主人公たち反乱軍(レジスタンス)が抵抗するという図式は旧三部作と変わらないが、アプローチは随分違う。淡々と事が進む旧三部作に対し、ディズニー版は悲劇性を前面に出し、ドラマティックに盛り上げていく。
帝国軍に果敢に立ち向かい、あえなく散っていくレジスタンスの姿は、観客の涙を誘うかもしれない。だがそれは、一歩間違えれば安直なヒロイズムに陥りかねない。帝国側から見れば、レジスタンスとは、要はテロリストのことだ。ISのテロリストが、巨大な権力を前に命を賭して戦う《スター・ウォーズ/最後のジェダイ》(2017)や《ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー》(2016)を見れば、大いに共感するのではないだろうか。
《ローグ・ワン》公開時、作品中に反トランプを掲げるメッセージが折り込まれているという噂が広がり、トランプ支持者のあいだでボイコット運動が広がった。慌てたディズニーは事実ではないという声明を発表し、騒ぎは沈静化した。
だが、そう噂されるのは致しかたないことでもあった。もともとこの噂は、《ローグ・ワン》の脚本家たちが、帝国軍をトランプにたとえたツイートが発火点だったからだ。ディズニー版には、トランプ旋風や、欧米で広がる極右団勢力への批判が重ねられていると見ていいだろう。
だが、ディズニー版の製作者には、作品がどう解釈されるかについての見通しが甘いように思える。ホワイトハウスを去ってからも話題を振り撒くトランプの元腹心、スティーブン・バノンは、かつて自分をダースベイダーにたとえてみせた。トランプやバノンに批判的なスター・ウォーズ・ファンはこうした発言を嫌うだろうが、トランプ支持者には気の利いたジョークとして映ったろう。
スター・ウォーズが優れたファンタジー、優れた寓話であることは疑いない。だが寓話とはあくまで入れ物であって、作り手がどう意図しようと、見た者の解釈通りに変換されてしまうものだ。
「光と闇の物語」という伝統的な図式をそのまま現実に持ち込むには、社会は大きく変わってしまった。60年代は、問題をあえて二元化し、光と闇、「あっち側」と「こっち側」に分けることにも意味があったかもしれない。だがもうそれから50年も経ったのだ。
スター・ウォーズという寓話を使って多様性を謳うこと、それ自体は悪いことではない。しかし目的が先走るあまり、作品はかえって多様性を損ね、安直な二項対立を呼びこんではいまいか。「新しい酒」を注ぐなら、スター・ウォーズという「古い袋」そのものを疑わなくてはならない。
もちろん、それではスター・ウォーズ・ファンを満足させることは難しいだろう。ディズニー版を見ていて、ルーカスが新三部作でダークサイドに囚われてしまった理由が分かる気がした。彼は、スター・ウォーズが既に「古い袋」であり、新作を作ろうとしても、その中に沈み込んでいくしかないことが分かっていたのではないだろうか。
では、いま《ゲド戦記》や《指輪物語》を読み直すことに意味はないのだろうか。もちろんそんなことはないだろう。だがこの先を述べるには、もう項数がないようだ。
(2018/2/15)
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noirse
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