カデンツァ|クラシックの上から目線|丘山万里子

クラシックの上から目線

text by 丘山万里子( Mariko Okayama)

3年ほど前のこと。
知り合いが、若い女性ピアニストで素晴らしいショパンを弾く人がいる、としきりに絶賛するので、なんとか聴きたいものだ、とずっと思い続けていた。
やっと機会を見つけ、いそいそと出かけたのである。
蒸し暑い夏の夜、客席は満員であった。
私はとにかく素晴らしいショパンが聴きたかったのだが、それはプログラム後半に置かれていた。でも、私は「音こそがすべて」派でもあるので、冒頭からものすごく期待した。素晴らしいショパン弾きなら音だっていいに決まってるじゃないか。
が。開始から4曲目までに、彼女は2回マイクを持ち、おしゃべりした。客席に話しかけて笑みのさざ波を立てたり、曲についての自分の思い出を語ったり。
私の耳と頭は、彼女のほんのり甘い声とおしゃべりでいっぱいになり、音が聴こえなくなった。前半最後のモーツァルト・ソナタへの思いの丈の話が終わらぬうち、私はそうっと席を立ち(最後列のドア近くにいた)外に出た。これじゃ、音楽聴こえないの(私の特殊な生理については2017/11/15号カデンツァでも触れた)。
やるかたない思いで帰宅した。

トーク(MC)入りはもはや普通のコンサート・スタイルになっているのだ、とこの時、痛感した。
いつだかも数人トークの最中、「少しトークも上手くなりたい」と若手が言い、ちょっと待って、と思った。気の利いたこと言って客席を笑わせたり、なごませたり、そんなサービスに気をつかうくらいなら、音楽に全てを注入してくれ。話の上手い下手が、彼、彼女の人気につながったり、は変でしょ。
こうしたトークについては、2016年9月の「金子三勇士デビュー5周年記念リサイタル」の佐伯ふみ氏のレビューでも触れられており、読んだ時、そうだよね、と頷いた。

だが、こういう私の意識は偏狭にちがいない。
演奏とおしゃべりを十分楽しむ人たちがいてこそ、このスタイルは定着した。
いや、しんと黙ってじっと音に聴き入るのが「クラシック・コンサート」という芸術信奉形態が定型化されてゆくのは19世紀のことで、18世紀のコンサートは貴族社会の人間関係を円滑化、維持するための社交場であり、娯楽の場だった。
初めてウィーン国立歌劇場に行ったのは30年も前だが、西欧貴族社会の名残、あるいは「女は見られるために、男は彼女らを見るために演奏会にやってくる」という言葉を実感した。回廊のきらびやかな装飾の間に絶妙にはめ込まれた大きな鏡の前を通り過ぎながら、着飾った淑女たちはさりげなく自分の装いをチェックし、その手を腕に託された男たちはそれぞれの連れに忙しく視線を払う。どうだい、今宵の彼女は素敵だろう?

パガニーニ、リストらヴィルティオーゾによる熱狂娯楽系「リサイタル」や「真面目なオーケストラ・コンサート」の登場は19世紀前半だが、庭をそぞろ歩きながら、おしゃべりしたり、食べたり飲んだりしつつ気に入った軽音楽演奏に足を止め聴き入る、といったプロムナード・コンサートにベートーヴェンの交響曲の楽章を一つ二つ入れるなど、当時の音楽シーンは雑多でもあった。背後にはもちろん、貴族からブルジョワへ、産業・市民革命による社会の変化がある。
「真面目派」がどんどん勢いを増すのが19世紀中頃で、そこから今日の「じっと黙って精神集中!」に至ったについては様々な論述があるから本文末尾にいくつかあげておく。
要するに「芸術」という概念がここらで出来上がり、芸術崇拝を生んだ。バウムガルテンの『美学』(1750)、カントの『判断力批判』(1790)など、「芸術」の価値とともに「美」がその原理として主張され、「真面目派」の基盤はすでにあった。ハンスリック『音楽美論』(1854)などはその延長線上だ。
大学で音楽美学など専攻した私のような人間は一応これらの流れを学び、中で自分にフィットする考えかたを選んで、そこを突っついて論文を書くみたいなことをするわけだから、どうしたって芸術崇拝、美的価値路線が刷り込まれ、今だにそれを引きずり、「音楽美の自律的価値とその意味」を信奉、トーク入りのコンサートなんぞ、となるわけだ(私の聴きたいのは純粋に「音楽」、という美的態度)。
権威ある批評の場の評論家はたいてい音楽学とかの専門領域を持ち、書かせる側もそれを頼みとするのであるから、「判断」とか「価値」は19世紀以来(しかも西欧)のものの影響を免れない。今も、だし、権威とは程遠いが私も同輩。

音楽の芸術的価値については、すでに15世紀のネーデルランドやイタリアで意識されており、特に北イタリアではアカデミアの知識教養や活動から、自立した目的を持った「音楽作品」という考え方が起こったという(W・ザルメン『コンサートの文化史』柏書房/1994)。
19世紀の初期、ハイドンに比べてベートーヴェンの交響曲は難しいから何度も聴いて理解しなきゃ、という主張がなされ、その背後には当然、教養主義、アカデミズムがあるわけだが、15世紀にはもうその下絵はあった。
つまり「価値」には常に教養・学識がまとわりついていた。
先般、若い音楽評論家が、日本の批評はオタクやただの愛好家が批評家面してるからダメなんだ、ちゃんと専門的学識・教養の裏付けある批評文化が育たない、と嘆くのを小耳に挟んだが、むべなるかな。

話は戻る。
曲間トークに限らず、指揮者や作曲家のプレ・トーク、レクチャー・コンサートは花盛り。他方、A・シフのように休憩なしの聴取を要求する人もいるし、アファナシエフみたいな哲学系・儀式系、映像やロックとのコラボもあれば、終演後のCDサイン会は常識、などなどクラシック音楽シーンといったって、昨今、スタイルは百花繚乱。学術系から消費社会商品系も含め、ごたまぜだ。
ただまあやっぱり、難しいかもしれないから、少しやさしく説明するね、とか、お話混ぜて楽しもう、とか、クラシック畑の「上から目線」は感じるのである。
19世紀に浮上以来、連綿と撚りなわれてきた「価値」はしたたかだ。

ふと、思い出す。
吉田秀和のお別れの会での、丸谷才一の追悼の辞(録音で流された)の言葉。
「吉田さんは、音楽が社会の中で位置を占めるのに最も必要なもの、聴衆をつくった。」
そういう聴衆が作られた、そういう時代。

渡辺裕は『聴衆の誕生〜ポスト・モダン時代の音楽文化』(春秋社/1989)で、解釈から解放され、意味や機能を無化する「軽やかな聴取」の形を指摘している。
こういう時代がつくる、こういう聴衆(『音楽芸術』誌の廃刊はその9年後、「芸術」的価値の揺らぎ)。
この書が、私のウィーン国立歌劇場初体験と同時期であることを考えると、世界はいろいろ、と思うけれども。

いろいろ、と言えば。
昨秋11月末、あるマネジメントから急なお知らせが届いた。
「Sleeping Bag Tokyo Monday 月曜からお昼寝!? 前代未聞の仮眠イベント開催決定」。
何だ?と思ったら、大都会東京、仕事疲れの皆さんのブルーマンデーに、音楽聴いて一息いかが、と仮眠音楽空間を提供という。国際フォーラムで11時から21時まで、出入り自由、爆睡 OK 。最高の睡眠導入剤をご用意、マックス・リヒター『Sleep』を始め、藤倉大チョイスの「眠くなる藤倉大」、小菅優出演などなど、かなり豪華。
「ラン・ラン×真鍋大度with ライゾマティクスリサーチ」中止の穴埋め企画だったようだが、同月アムステルダムでのリヒター深夜実演おやすみイベントを即移入とは、こちらもしたたかだ。
意味や機能の無化でなく、睡眠機能に特化スタイルだが、乱暴に言うなら、音楽に何を求めたっていいのだ。
意味を求めたい人は、そういう場、人を選べばいいし、そんなものいらん、という人はそういう選択をすればいい。
今は何でも用意されているし、情報もあふれている。

そんな時代、どこに立って、何を言うか。
ザルメンにこんな言葉を見つけた。
「今日の音楽批評家は、文化を批判する読者や聴衆に開かれていた<美の法則>の時代であった18世紀以上に、書くべき対象や批評すべき対象を見失っている。———批評家は、市場調査員としての役割とともに、芸術の審判者としての、また娯楽の正当な要請者としての役割を果たした。批評家という商売は<学者と山師>(クローネス/1986年)の間で揺れ動いており、教育者という真面目な使命あるいはサロンの報告者という使命は失われている。————」
批評家のほとんどの言葉は今や虚しいと彼は言う。
1988年の書だからやはり30年前、「軽やかな聴取」と似たような指摘ではあるが、それから一世代(30年)後の今日は、美の法則、市場調査員、審判者、学者、山師、教育者、報告者、オタク、愛好家といった雑然たる顔がそれぞれに入り乱れつつ流通している、と言えよう。

さて、自分はどの顔であるか。
いや、そういう風に分類分裂単一選択でなく、人というのは、ほんらい様々な顔を持ったゆるやかな統合体のはず。
願わくば、深く、平かな目線を持てたら・・・「目は窓」と寺山修司が言うように(『目』という詩、私は大好き)と思う今日この頃。

関連書籍
『芸術崇拝の思想』松宮秀治/白水社/2008
  (日本の「美学」は本質的に居候学問、という至言があった)
『クラシックとポピュラー』吉成潤/アルテスパブリッシング/2014
『コンサートという文化装置』宮本直美/岩波現代全集/2016

(2018/2/15)