渡辺俊哉個展|齋藤俊夫
2017年12月6日 東京オペラシティリサイタルホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供:office deku
<曲目(全て渡辺俊哉作曲)・演奏>
『ペリフェリー』(2005)
クラリネット:菊地秀夫、チューバ:本間雅智、ヴァイオリン:松岡麻衣子、チェロ:松本卓以、打楽器:會田瑞樹、ピアノ:榑谷静香
『ミクロ ランドスケープ』(2014)
第1ヴァイオリン:松岡麻衣子、第2ヴァイオリン:甲斐史子、ヴィオラ:藤原歌花、チェロ:松本卓以
『アラベスク』(2003)
ピアノ:榑谷静香
『ヴィブラフォンのための音楽』(2014/16)
ヴィブラフォン:會田瑞樹
『音の綾III』(2012)
ヴァイオリン:松岡麻衣子、チェロ:松本卓以、ピアノ:榑谷静香
『あわいの色彩II』(2017、委嘱初演)
クラリネット:菊地秀夫、第1ヴァイオリン:松岡麻衣子、第2ヴァイオリン:甲斐史子、ヴィオラ:藤原歌花、チェロ:松本卓以
<企画>
Officeでく:菊地秀夫、星谷丈生
黄昏時の少し後、日が沈んだがまだ真っ暗ではない時刻に、湖面に広がる波紋を見て雨が落ちてきたことを知る、渡辺俊哉の音楽体験はそのような情景に喩えられよう。
今回の個展では2000年台前半の2作品と、2012年から2017年までの4作品が演奏されたのだが、なるほど、前者と後者で音楽の設計がかなり変わっているのが聴き取れた。しかし、全作品を通して渡辺の繊細な音色・音響の「にじみ」「たらしこみ」「染み透り」とでも言える感触は変わっていないのも事実である。
前期の2作品で、後期の作品と大きく異なった音楽だったのは今回の最初期作品、ピアノ・ソロのための『アラベスク』であろう。渡辺らしい繊細な弱音も聴こえるものの、跳ね回る強打、低音での超高速パッセージ、高音での強音の連打、フォルテシモでの最低音域から最高音域までのグリッサンドなど、こう言っては何だが、現代音楽にありがちな鬼面人を驚かそうとしている、しかし音楽的には驚かせるには足りない楽想が多々含まれていた。また、この作品の方が、後期の作品より、より「構築的」であったのだが、しかしそれゆえに渡辺の音楽的個性がまだ未熟であるとも感じられた。
時代下って2014年作曲の弦楽四重奏曲『ミクロ ランドスケープ』、2012年作曲のピアノ三重奏曲『音の綾III』は、各楽器が動き続けて止まらず、フォルテの音、フォルテの楽想も混じるのだが、耳に届くのはとてもひそやかで静的な音楽。p記号をいくつ連ねれば良いのかわからないほどの超弱音も多用されるのだが、その音に、あるいはフォルテの音よりも強い印象が感じられた。楽器の音が重なり、ずれ、離れていく時の繊細な音のニュアンス、タイトル通りだが、綾なす音のベールに心奪われた。
2014年作曲、2016年改訂の『ヴィブラフォンのための音楽』も、聴こえるか聴こえないかの限界の超弱音による和音で始まり、弱音による透き通った和音が会場中に染み渡る中、ときおり強打の跳躍が垂直に差し込まれる。ゴムのマレットを鍵盤上で滑らせることによるヴィブラート、低音域の鍵盤の下に紙を挿入してノイズを混じらせるなどの特殊奏法、そしてなにより、演奏者・會田のヴィブラフォンのペダル奏法による微妙な陰影が、1音たりとも聴き逃すことを許さない。鍵盤を指で叩いての終曲まで時間が止まったかのような体験をした。
そして委嘱初演作『あわいの色彩II』、クラリネットが垂直に立つ中心軸として存在し、弦楽器4人がそれにまとわりつくような「あわい」を成す。それらはお互いに、にじみあい、浸透しあい、溶けあい、それゆえ個々の楽器の動きが認識できない。その「あわい」の中をクラリネットが1人だけ輪郭を持った音で漂うのだが、しかしクラリネットもまた「あわい」の中にかき消えてそれと一体となる。『アラベスク』の時点では作曲者が拘束されていた作曲=構築という発想から解き放たれて、時間の推移による音響のうつろいを緻密に織り上げた、渡辺の個性、渡辺の音楽が1つの完成点に至ったことを示す作品と言えよう。
しかし彼はまだ40代前、これからさらなる音楽的深化をとげることを期待したい。
(2018/1/15)