二期会 ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」|片桐文子
東京二期会オペラ劇場
ヨハン・シュトラウスⅡ世「こうもり」
二期会創立65周年 財団設立40周年記念公演シリーズ
NISSAY OPERA 2017 提携
2017年11月22日 日生劇場
Reviewed by 片桐文子(Fumiko Katagiri)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
〈キャスト〉
アイゼンシュタイン:小森輝彦
ロザリンデ:澤畑恵美
フランク:山下浩司
オルロフスキー:青木エマ
アルフレード:糸賀修平
ファルケ:宮本益光
ブリント:大野光彦
アデーレ:清野友香莉
イダ:秋津緑
フロッシュ:イッセー尾形
〈スタッフ〉
指揮:阪哲朗
演出:アンドレアス・ホモキ
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
幕開けの序曲。速めのテンポできびきびと、軽快に。
それだけで、お、と思った。心が浮き立つ。
全編にわたって、阪哲朗指揮の東京フィルハーモニー交響楽団は生き生きとした快調な演奏。歌い手はそれに乗って伸びやかに歌い、喋り、踊る。喜劇は難しい、というが、どうしてどうして、日本人の歌手たちの芸達者なこと。堂々たる演唱で、文句なしに楽しい舞台だった。
ホモキの演出、舞台美術(ヴォルフガング・グスマン)は、プログラム・ノートにある通り、この作品にまとわりついた陳腐なイメージ、ありがちな演出をすっかり排除したシンプルなもの。舞台は場面転換をせず、冒頭のアイゼンシュタイン家の居間がそのまま、謎のロシア人公爵の館になり、刑務所になる。
お定まりの絢爛豪華な舞踏会シーンがなくて残念という人もいただろうが、筆者は、演出の工夫と、歌手たちの生き生きとした演唱、音楽の素晴らしさで、飽きなかった。奥の間に据えられた巨大なシャンデリアの使い方が上手い。
ただ、休憩が終わった第3幕・刑務所の場になっても舞台装置がそのままだったのは、変化がなくて、すこしだれた。そこへ登場したイッセー尾形が客席に直接語りかけ、「刑務所!」「日生劇場!」と掛け声をかけて照明を変化させて、「その場にいる人間のイマジネーションによって場はいくらでも切り替え可能」ということに気づかせてくれたのは面白かった。
最後、ファルケが現れて、すべては自分が仕組んだことと告白、「シャンパンのせい」と一同が声をそろえるところで、第2幕からずっと傾いて乱雑になっていたソファや衣裳棚がすべて開幕のときの状態にきれいに復し、閉幕まぎわの一瞬で、「この物語は一場の夢」というメッセージを伝えた。タイミングをはかるオケと歌手たちは大変だったろうが、この演出は秀逸だったと思う。
ファルケ博士の宮本益光の声と立ち居振る舞いが素晴らしい。いつもそうだが、この人が現れると舞台が締まる。舞台に華やぎと輝きを与えてくれる、稀有の歌い手だ。アデーレの清野友香莉は体当たりの好演で、台詞まわしもくっきりと聴き取りやすい。もう少しふてぶてしく、煮ても焼いても食えないような小間使いのしたたかさがあってもいいと思うが、コケティッシュで可愛らしく、踊りも達者。澤畑恵美のロザリンデはさすがの貫禄で、小間使いとのデュオ、夫との丁々発止のやりとり、テノールの元カレとのドタバタなど、安心して見ていられて聴き応えも十分。後の幕では少し声に疲れが出たか。ロシア公爵の青木エマは、上背があり抜群のスタイルで舞台映えがする。謎めいたエキゾチックな人物像にはぴったりだったが、演唱にはすこし線の細さも感じてしまう。アルフレードの糸賀修平、その声だけでロザリンデがどうしようもなくよろめいてしまう「魅力あるテノール」を、確かに納得させるような美声。気の毒だったのは、登場して間もなく下着姿になってそのまま閉幕へ……これはなんとかしてあげたい、などと気を揉んでしまった。アイゼンシュタインの小森輝彦は手慣れた動きで舞台を縦横に動き回る。声に艶や輝きがもうすこしあったら……などと思うが、これは好みの問題だろう。抜群の安定感で舞台を支えていた。