ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団|谷口昭弘

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

2017年11月12日 サントリー・ホール
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
ヴァイオリン:レオニダス・カヴァコス

<曲目>
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
<ソリスト・アンコール>
バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番より 第3曲<ガヴォット>
(休憩)
ブルックナー:交響曲第7番 ホ長調(ノーヴァク版)

 

いいコンサートだった。長らくブロムシュテットの音楽に触れてきた聴き手も多かったのだろう。彼の音楽に出会える喜びと期待を胸に、その言葉に尽くせない魅力を再確認した聴衆も少なくはなかっただろう。
今回はオーケストラがライプツィヒ・ゲヴァントハウスということもあって、筆者はまず柔らかなコントラバスの響きに耳が行き、また音が乱反射する印象が強いサントリー・ホールにあって、これほどまで真ん中にしっかりと音が集約される様子に唸らされた。オーケストラのあちこちから麗しい稜線が延び、各楽器の音色を主張しつつ、穏やかに溶け合い一体化するアンサンブルは、さすが世界レベルのオーケストラだ。
メンデルスゾーンの『ヴァイオリン協奏曲』で独奏を担当したカヴァコスは繊細で丁寧な音。オーケストラとの相性は抜群だ。オケの方も、細やかな刻みを随所で膨らませ、独奏者を包み込んでいく。カヴァコスは一見ファジーな出で立ちだけれども、音楽はとても素直で真摯。麗しい音色で歌っていく。カデンツァ以降は、攻めの姿勢も見えてくる。
特に魅力的だったのは第2楽章だ。独奏ヴァイオリンの弱音部分のニュアンス、間のとり方が上手く、聴き手を作品世界へと誘っていく。フルートとのデュオもバランスよく、実に美しい。最終楽章でもカヴァコスは大げさに振る舞わず、フレーズの一つひとつを大切に奏でていく。いっぽう時々会場にくっきりと響き渡るオケに、音楽を心から楽しむ様子も聞き取れた。メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲が、これみよがしなヴィルトゥオーゾ作品としてではなく、古典美を称揚した潤いのある佳作であることを実感させられた演奏だった。
ソリスト・アンコールとして演奏されたカヴァコスのバッハは、即興的な装飾を含め、品の良い安定した技巧で、このヴァイオリニストのリサイタルにも行ってみたいと思うものだった。

後半のブルックナーの『7番』は、ブロムシュテットお得意のレパートリーである。空気の揺れも感じられないトレモロから朗々とした旋律が立ち上がり、揺るぎない低弦と透明な高弦の組み合わせに、聴き手は冒頭からほのかな法悦世界の中へ入り込んでいく。宇宙だ何だという空虚なブルックナー論は相容れない洗練された響きだ。やや小さくまとまる傾向があったかもしれないし、金管楽器のアンサンブルは完璧ではなかっただろう。しかし、あちこちで裸にされるフルートは重要なブリッジを果たし、その美しい音色は、曲の旨味を引き出すことに成功した。
しかし今回のブルックナー『7番』が「この作品に関する生涯最高の聴取体験の一つ」として記憶できるのであれば、それはやはり第2楽章だろう。第1楽章よりも有機的なつながりが見えやすく、ブロムシュテットも、奏者をその自然な流れに乗せて進めていった。濃密な和声のバランスはうごめきとなり、しかし押し付けがましくない。コラール風の箇所には祈りがあり、移ろい気味の箇所には人間的な迷いもある。ワーグナー・ホルンが、これほどまでにオーケストラに溶け込んだ演奏も、過去に記憶がない。ノーヴァク版ながら、トライアングルやシンバルは鳴らさなかったが、冒頭からクライマックスまでをじっくり構築し最終的に沈静させていくまでの一筋に、ただただ感嘆し、体が震え、涙腺が緩んだ。
第3楽章には聴き手に襲いかかる怖さこそないものの、主部には巨大な音響体としての激しさがあったし、愉しさを湛えたトリオも心躍るものだった。心のひだに訴えた第2楽章の次に聴くものとして、ふさわしい内容といえる。そして第4楽章では、ぱっと膨らんでは消えていく幾多の楽想の山を乗り越えていく様に一心同体で付いて行きたい自分を発見する。艶のある音、胸のすくような鳴り、溢れ出る旋律や感情を揺さぶる和音の連なりがそこにはあった。最後も「これで終わり」という頑張りすぎるフィナーレではなく、まるで礼拝を終えた信徒が教会から派遣され、それぞれの場へと進んでいく「光に照らされた新たな始まり」を聴いたようだった。
最後の音が鳴り響いた後、ブロムシュテットはゆっくりと、静かに手を下ろしていく。沈黙を享受する聴衆は、彼の両手が完全に降りた時、割れんばかりの喝采を彼に送った。思わず聴衆に拍手をそっと送り返すブロムシュテットには、ほんのりとした微笑みが見えた。