Books|音楽の原理|丘山万里子

音楽の原理

近藤秀秋 著
アルテスパブリッシング
2016年11月出版
8000円(税別)

text by 丘山万里子(Mariko Okayama)

著者の近藤秀秋はジャズ、クラシック、即興に通じ、作曲・演奏・録音エンジニア・プロデューサー・執筆など広範に活動するマルチ・アーティスト(という呼称が適切かどうか)。
550ページの大部。簡潔な「序章〜展望」に続き、
第Ⅰ部「原理」:第1章/身体性、第2章/内観、第3章/外観、第4章/体制化
第Ⅱ部「コンテクスト」:第5章/経験世界・社会・文化、第6章/文化型と音楽
第Ⅲ部「実践」:第7章/実践の視界、第8章/作曲、第9章/演奏、第10章/実践
のそれぞれは細かく腑分けされる。最後にまとめの「終章〜志向性に向けて」。
まず、「原理」の第1章身体性の冒頭、「音楽の真理の把握とは、要素命題の把握を突破口とし、次に要素命題が構成することになる全称命題を把握するという順を追うことが、正しい道筋だろう。われわれの認識を差し引いても存在することになる、音響や身体という実存に関して言えば、その全称命題とは、この世界の物理法則である。」以下、相対性理論、場の量子論、ひも理論だのの物理学が紐解かれ、はたまた生物の誕生から散逸構造など生物学にいたる言説が続くのを逐一追うのはいささか難儀ではある。
が、用語、語り口に引きずられず、分かる範囲で読み進んで行くと、言っていることは案外シンプル(なのではないか)、と思い始めた。

要は、始まりと終わりにエキス(序章・終章)があるから、これを押さえておけば良いのであった。
著者の命題は「音楽とは何か、これに答えること」(「音楽の原理」の開陳)。
方法は、昨今の音楽研究の専門・細分化に「反し」、広汎な「学際的」アプローチをすること。
これにより、1)音楽の汎的な知の更新と、2)音楽の持つ志向性を明らかにする。
学際的、については、前述した通り。心理学、認知科学、文化人類学、音楽学、音楽理論、などなどが各章で総動員される。各分野知の蒐集、集成から、音楽の新たな全体的知見(更新)を得られるかどうかは読み手次第。「知」は人間の個々もしくは全体の「智恵」として生かされねば意味があるまいと筆者は考えるので。
「志向性」の明示こそは本書の肝と思うが、終章にこうある。
「知識と認知と身体をまたいで現象してくるもの、その受け取りの感触、認識、定立する意味、音楽の本質はここにある。その価値は、われわれ自体がすでに持っている志向性から真理化される。」
本書とりあえず完読のちの筆者がこの意を解読、ざっくりまとめてしまうなら、こうだ。
「音楽の本質・価値は、私たち人間が潜在的に持っているが、常日頃それと認識しない“最上の生”への志向を気づかせてくれるところにある。」(音楽の志向性は人が生きる上での最上の生への志向性そのものである)
“最上の生”という言葉は終章にしか現れないし、また「生とは何か」と思い悩んだ結果の最良の答えが音楽だった、という言葉も、最後に来て出会うのだが、筆者の「案外シンプル」との感じはここに由来と言ってよい。

詳細は置き、全体を俯瞰して概略を知りたいなら、各章の最後にあるまとめの節を拾い読みすると便利である(頭が整理できる)。こういう組み立ては親切にできている。
各分野知での音楽の捉え方を知りたい時は、記号論、間主観性、などなどキーワードを目次で探して当たれば良い。
世界の宗教(ゾロアスターからヒンズー、仏教、中国、イスラムなど)、音楽(ヨーロッパ、イスラム、南・東南アジア、東アジア、アフリカ、中南米、北アメリカ、オセアニア)の分布・歴史・全体像(コンテクスト)も目次と地図で一目瞭然。筆者は特にこの章を、自分の世界各地への旅と重ねて楽しんだ。
作曲、演奏の実際については、作曲技法(西洋、ジャズ、フラメンコ、イラン、インド、日本など)から技術習得法まで、ソルフェージュからコンディショニングまで譜例や表とともに著者の体験も語られるので参考になろう。

というわけで、本書は百科事典のように手元に置き、知りたい項目の該当ページを開く、といった具合に活用するに有用である。

知と理に加え実践を網羅したこの労作だが、筆者が付箋を貼ったのは、例えばこんな記述。
「グローバリゼーションとは、独占資本主義による、資本家を中心とした新植民地主義の現在形でしかない。」
「音楽の生産者が何を考えようが、音楽が文化装置としてどのように機能し、どのような意味を持つかは、結局は消費によって決まってしまう。この意味で、外部という枠に対する音楽行為は賭けのようなものだ。・・・社会に共有される価値が錯綜している現代においては、意識的で超克的な音楽の発し手は、みずからその音楽の方位を説明しなければ、おそらくその挑戦の意図すら理解されないまま使い捨てられるだろう。」(第Ⅱ部第5章)
付箋は他にもたくさんあるが、筆者は、著者が本書を編むに至った問題意識、現代における音楽の在りようへの問いこそが肝要と考える。
が、どういうアプローチも可能、というのが本書の間口の広さでもあろう。

著者のギター作品・演奏CD「in time~for solo guiter」(3分半ほど)が限定特典に付いており、彼の「音楽の方位」を聴くことができる。