ウィーン便り|ウィーン大学の茶会|佐野旭司   

ウィーン大学の茶会 

text & photos by 佐野旭司 (Akitsugu  Sano) 

ウィーン大学には日本学(Japanologie)の研究機関がある。Japanologieとは文字通り日本について研究する学問で、ウィーンに留学している日本人の中にもこの専攻学科で学ぶ学生と交流のある人が少なくない。このJapanologieの研究はドイツ語圏の多くの大学で行われているが、ウィーン大学では1930年代から始まったそうである。ウィーン大学は1区のショッテントーアSchottentorの駅前に本館があるが、日本学の専攻学科の校舎はそこから少し離れた9区のキャンパスにある。ここはかつて総合病院(Allgemeines Krankenhaus)の敷地だったことから、通称Altes AKH(旧総合病院)またはAKHキャンパスとも呼ばれている(私がいる音楽学専攻の校舎もこのキャンパスにある)。ルネサンス様式による古めかしく荘厳な本館とは違い、こちらはごく一般的な簡素な校舎が並び、また敷地も本館よりも広い。そしてこのキャンパスの奥まった場所には小さな日本庭園がある。松の木と石でできた枯山水のような庭園で、詳しいことは知らないが源氏物語の「初音」がテーマになっているのだとか。この庭園はウィーン大学日本学研究所の設立60周年を記念して1999年5月に造られたそうだ。そしてそのすぐ脇にJapanologieの校舎がある。 

この校舎では先月の終わり(9月26日)に“Chakai”(茶会)と呼ばれるイベントが開催された。これはウィーン大学と学習院女子大学による合同プロジェクトで、本格的な茶会ではなくむしろ茶道の入門講座といったところだろうか。この会では学習院女子大学の徳田和夫教授と遠州流茶道家元の13世小堀宗実氏を招いて講演が行われた。オーストリア人だけでなく日本人(おそらくウィーン在住)も聴講に多く集まっており、会場が狭かったこともあるが超満員だった。まず前半では妖怪についての研究を行っている徳田教授による講演が行われた。今回は茶道講座の一環ということで、お茶と妖怪との関係の話がメインに行われ、宗旦狐の伝説(京都の相国寺の茶会に千宗旦に化けた狐が現れる物語)などが紹介された。また教室内には教授が所蔵している妖怪の絵も展示され、それについて熱心に質問をしている人もいた。 そして後半は遠州流茶道の家元による講演であるが、ここではそれに先立ちウィーンで活動しているヴァイオリニストの前田朋子氏と声楽家の日野妙果氏による演奏が行われ、《ふるさと》、《浜辺の歌》、《桜》などの曲が披露された。ちなみに私自身はこれまでウィーン大学の日本学の学科と特に縁があったわけでもなく、茶道に詳しいわけでもないが(それどころか知識は皆無である)、前田朋子氏に誘われてこのイベントに参加した。
そして家元による講演では茶道に関する基本的な話から、遠州流茶道の歴史、現在行っている活動などについて紹介された。茶道について全く無知な自分は遠州流茶道のことを初め、遠江国(現在の静岡県)発祥の流派かと思っていたが、小堀遠州という近江国の大名茶人が始めたのだそうだ。この講演の際にはウィーン大学名誉教授でもある前田昭雄先生が通訳を行った。前田先生は本来西洋音楽史が専門で、音楽学の学科(Institut für Musikwissenschaft)でも主にシューベルトやシューマンに関する授業を担当しているが(ちなみに私は今年の夏学期にシューベルトの後期の作品に関する講義を聴講していた)、日本学専攻の方でも授業を受け持ち、日本音楽や文学についての講義を行っている。
そして茶道の講義が行われた後は、家元の指導のもとでオーストリア人が実際に茶会を体験する場が設けられた。教室内では畳を敷いて茶室が再現され、そこで和服を着た女性がお茶を立てていた。3人のオーストリア人の前に実際にお菓子やお茶が出され、お菓子を食べるときの作法やお茶を飲むときの挨拶などを実際に行っていた。中でも3人のうち1人は年配の男性で(日本学の教授かと思っていたけれど違ったようだ)、「お相伴致します」という挨拶を流暢に話していたのが印象に残った。 ちなみに関係者の話では、この茶会は翌日日本大使館でも行われたとのこと。その際にはウィーン大学学長やオーストリア銀行の総裁など錚々たる人たちが招かれ、また家元が自らお茶を立てていたそうで、こちらは文字通り本格的な茶会だったようである。 

妖怪の話や茶道の作法など、この講演では日本人でもあまり知らない話が紹介されて(というか自分が無知なだけなのかもしれないが)興味深く、また日本とオーストリアの文化の共通点や違いについても考えさせられた。 

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佐野旭司 (Akitsugu  Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。
東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在オーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中。