NHK交響楽団 第1864回定期公演|藤原聡
2017年9月17日 NHKホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影9/16)
<演奏>
NHK交響楽団
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
<曲目>
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番 ハ長調 作品60『レニングラード』
ショスタコーヴィチの交響曲では、N響で過去第5番と第10番を指揮しているパーヴォ・ヤルヴィ。つまり今回の『レニングラード』で3曲目ということになる。第5と第10は極めて鋭利で緊張感に満ちた演奏であったが、今回は『レニングラード』。珍しいオケとの組み合わせと言うべきだろう、パーヴォはロシア・ナショナル管弦楽団とこの曲を録音しており、そこでは肥大した表現はていねいに回避され、あくまで純粋にシンフォニックにオケを統制したスマートな演奏が実現していた。さて、今回の実演はどうだろう。
録音は録音であり、あくまでそれが行なわれた時点での諸条件のもとでアウトプットされたものであるからその後の演奏の度に変化して行くのは当然であるにせよ、先述したロシア・ナショナル管を振った演奏とこの日の演奏は冒頭からかなり異なる。第1楽章のいわゆる「人間の主題」において、録音での演奏が速めのテンポを基調にした明快かつスクウェアなフレージングで進められていたとすれば、今回の方がより柔軟でしなやか、思いの他テンポも遅い。それにしてもこの日のN響の弦楽器群の音の密度の高さと厚みはどうだろう。間違いなくゲスト・コンサートマスターのロレンツ・ナストゥリカ・ヘルシュコヴィチの存在がその充実に寄与していると見てよい。同楽章の「戦争の主題」は冒頭とは異なってテンポはかなり快速であるが、素晴らしく正確なスネア・ドラムを背景にしてのそのあまりの整然とした盛り上がり、決して混濁しない音響はこの曲の演奏でも滅多に耳にすることが出来ない類のものではないか。また、終始インテンポを保持して多くの指揮者が行なうような後半部の加速を行なっていないのもよく、これによって楽曲は冷徹かつパロディックな様相を呈する。
淡い色彩の浮き沈みと明滅が美しい演奏であった第2楽章は中間楽章らしく控えめに扱われた、という印象の後の第3楽章、ここでは冒頭のコラールに続く峻厳の極みと言う他ないようなヴァイオリン群の振り絞るような音色が、やはり普段のN響よりもさらに濃密で驚かされる。また、ここではただ弱いだけではなく芯の通ってニュアンスにも富む多彩な弱音表現が素晴らしかったことは特筆すべきであろう。ともするとショスタコーヴィチの交響曲中でも大風呂敷を広げた内容空疎気味の曲、と捉えられる傾向なしとしない『レニングラード』だが、こういう箇所をちゃんと演奏すればその深さが分かるというものだ。
そして終楽章も鮮やか(この曲で鮮やか、と言うのも何だが、完全に肯定的に言っている)の一語。第2部終結部からコーダに至るまでの息の長さと段階的に高揚する音響設計が本当に上手く「キマって」おり、ここでも第1楽章と同様に無闇にテンポを上げずにどっしりと構えたパーヴォの設計が完全にはまっている。この立派なコーダの演奏は様々な演奏の中でも最高のものの1つと言いうる。
全曲を通じて、今やパーヴォ・ヤルヴィの統率力とN響史上最強とも言いうる技術力が拮抗して驚くべき演奏が成し遂げられた感がある。ショスタコーヴィチの交響曲により暗く、重く、何らかの音楽外的な意味を探そうとする方には不満かも知れないが、この演奏は現代におけるショスタコーヴィチ演奏の1つの極北ではなかろうか。