衝撃のデュオ2017 山本貴志×佐藤卓史|大河内文恵
2017年7月4日 彩の国さいたま芸術劇場 音楽ホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
<演奏>
山本貴志:ピアノ
佐藤卓史:ピアノ
<曲目>
モーツァルト:2台のピアノのためのソナタ ニ長調 K.448(375a)
ショパン:ロンド ハ長調 作品73
グレツキ:トッカータ 作品2
ルトスワフスキ:パガニーニの主題による変奏曲
~休憩~
シューベルト:ロンド イ長調 D951 作品107
チャイコフスキー/エコノム:バレエ組曲『くるみ割り人形』 作品71a
(アンコール)
フォーレ:組曲『ドリー』より 子守歌
アイルランド民謡(佐藤卓史編曲):ロンドンデリーの歌(ダニーボーイ)
2008年に結成された衝撃のデュオ、折からの台風3号による猛烈な風雨にも負けない衝撃だった。さすがに客席には空席も見られたが、アメニモマケズこの演奏会に駆けつけた人々に彼らは何をもたらしたのか?
開場前には長い行列ができており、コンサートへの期待が高まる。時間きっかりに開場され、ホールに入るとピアノの調律中であった。ピアノ1台よりもはるかに調律に気を遣う2台ピアノという編成ゆえだろう、開演ギリギリまで調律は続けられた。
まずはモーツァルトのソナタから。のだめカンタービレでのだめが千秋先輩と演奏するシーンで広く知られるようになった曲である。ただ、このホールで弾くのに向いていたかという観点からは承服しがたいものがあった。1楽章の中間部分や2楽章のような音量が小さめなところはよいのだが、1楽章の大半や3楽章のように音量が大きめのところは、ピアノが鳴り過ぎるために、合わせるのに非常に神経を遣っていることがうかがわれ、せっかくの絶妙なコントロールと細かいニュアンスが、いまひとつ伝わりきれていないように聴こえたからである。もう少しデッドな空間で演奏するか、フォルテピアノのような楽器を使うなどすれば、彼らのやろうとしていることがもっと活かされるのではないかと、少々もったいない気がした。
とはいえ、次のショパンからはまさにこの空間とピアノの良さが生かされており、まったく気にならなくなった。最初の大きな衝撃はグレツキであった。ミニマル・ミュージック風に始まるこの曲は、おそらくCDなどで聴くよりも実際に目の前で演奏を聴いたほうが断然よいのだなと実感できる演奏で、最初から最後までワクワクが止まらなかった。
つづくルトスワフスキも圧巻。この曲はアルゲリッチとフレイレによるCDが出ていて、「この人たち、いったいどこまでやるつもり?」と言いたくなる「やりたい放題感」が魅力なのだが、まさに彼らの演奏も「やりたい放題感」満載で、スカッとする演奏であった。
しかし、何より驚いたのは、後半の『くるみ割り人形』の完成度の高さである。チャイコフスキーのバレエ組曲『くるみ割り人形』は多種多彩な編曲が出ており、エコノムによるこのアレンジは原曲への忠実さと技巧的な華やかさを見事に両立しているものであるが、彼らはこのアレンジにさらに「バレエ音楽」の忠実な再現という切り口を加えてみせた。まるでバレエ公演のオーケストラ・ピットにいるかのような、舞台の上でダンサーが踊っているさまが目に浮かぶようなテンポ感、間の取り方、彼らがピットに入ったら、そのままバレエ上演ができるのではないかと思えるほどであった。それは音色の選択にもあらわれており、金平糖の踊りのチェレスタの部分は本当にチェレスタで弾いているように聴こえたし、花のワルツの最後の一番盛り上がるところでは、テンポではなく音色を使い分けることによって、あの切迫感を出しているのが見事であった。実際のバレエでは、テンポを変えてしまうとダンサーがカウントを取りづらくなってしまうので、こういった処置がとられるわけだが、そこまで再現しているのはさすがである。
アンコールにも触れておこう。1曲目は連弾として超メジャー曲の『ドリー』の1曲目。この曲は右側の奏者が基本的にメロディーを両手で弾くだけのため、ピアノの発表会などで先生と生徒、あるいは兄弟・親子による演奏にために選ばれることが多い、いわば初心者向けの曲なのだが、彼らの手にかかると実は大人の雰囲気を湛えた曲なのだということがよくわかる。最後は佐藤編曲による『ロンドンデリーの歌』。この曲のもつ哀愁だけでなく、ジャズっぽい小粋さや聞かせどころをたっぷり用意した、唸らせるアレンジ。あの台風の中を帰るのは正直辛かったけれど、来てよかったと心から思えた演奏会であった。