PMFオーケストラ演奏会 川崎公演|谷口昭弘
PMFオーケストラ演奏会 川崎公演
フェスタサマーミューザKAWASAKI2017 特別参加オーケストラ
2017年7月31日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
ワレリー・ゲルギエフ指揮/PMFオーケストラ
ダニエル・ロザコヴィッチ(ヴァイオリン)
<曲目>
ワーグナー:歌劇《タンホイザー》序曲(ドレスデン版)
ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調作品26
(ソリスト・アンコール)
J.S.バッハ: 無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調BWV1004からアルマンド
(休憩)
シューベルト:交響曲第8番ハ長調D. 944《ザ・グレイト》
才能ある若き音楽家を世界中から集め夏の札幌で行う国際教育音楽祭のパシフィック・ミュージック・フェスティバルも、バーンスタインがこれを始めてから28回目を迎えているという。指揮者バーンスタインの存在は現在の参加者にどれほどの影響を与えているかは未知数ながら、長らく続いてきた音楽祭の認知度は高まっているだろうし、その評価も定着しているだろう。そんな彼らの成果を披露する演奏会の一つが川崎で行われた。メインがシューベルトというのは、オーケストラの機能性で聴かせるという路線ではなさそうに見えて、ユース・オーケストラとしては、あるいはゲルギエフが振るプログラムとしても、どんなものを目指し、どんな音楽になるのかという好奇心を持った。
冒頭の《タンホイザー》序曲は、不揃いな出だしなど細かな技術的問題に気になる箇所があったものの、芯の強い音楽を貫いていた。無難にまとまったといえるのかもしれないが、過剰にメランコリックにならなかった分、力強いうねりも生み出せたのではないだろうか。
より強く印象に残ったのはブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番だ。第1楽章からソリストのロザコヴィッチ(2001年ストックホルム生まれ)は一つ一つ、音のニュアンスを丁寧に弾き込んでいく。そこには余韻をも含めて楽しむような余裕さえ感じられた。第2主題では息の長いフレーズを縦横につなげ、反復する音型を紡いでいく。全体のダイナミズムはオーケストラに預けつつ、自らはしっとりとしたリリシズムで導いていく。実に麗しい音だ。
第2楽章ではオーケストラの伴奏の進み方を見据え、独奏ヴァイオリンはフレージングを繊細に形作っていく。第3楽章ではニュアンスに富んだアゴーギク、推進力のあるダウンビートが圧倒的。懐の深い低音域も印象に残った。
そしてソリスト・アンコールで演奏された無伴奏パルティータ第2番のアルマンドは、なんと透き通った、うるわしい響きだっただろう。そこには魂をえぐるような感覚はないものの、やさしいロザコヴィッチの語り口に、すっかり心が浄化されてしまった。
さてメインの《ザ・グレイト》であるが、各楽器群の音色と楽想を明確にしているのがまず印象に残った。第1楽章の主部では、楽譜から読み取れることにとにかく体当りしている活力を感じた。展開部の、弦楽器による保留のおもしろさ。猛烈にテンポアップした終結部など、生命感溢れた音楽に興奮した。輝かしい音による第2楽章も大きなスケール。しかしテンポの緩みはない。中間部も希望に満ちた屈託のない音で、シューベルトの型にはめようとするところがない。第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンのピチカートによる対話など、新たなる発見もあった。
第3楽章はずしりとしたサウンド。スリリングなヴァイオリン中心の展開はスケルツォっぽい感覚に溢れている。改めて、実はこの曲は情報量が多いスコアなのだと思わされたし、美しいトロンボーン・ソロにも魅了された。冒頭から切れ味さわやかな第4楽章は、サウンドの厚みやテクスチュアの変化に細かくメリハリがついていた。また他の楽章と同じで大きなスケールながら、実にシャープで、切れ味は良いものの、各奏者がのびのびとしている雰囲気も感じられた。結果としてメインに《ザ・グレイト》というのもあり得る選曲ではないかと感じるようになった。
ゲルギエフの指揮そのものは見やすいものではないのかもしれないが、積極的に作品に向かえる音楽作りが彼によって作られたということがあって今回のような聴き応えのある演奏ができのではないだろうか。これからの将来を期待される音楽家に用意された環境の素晴らしさを垣間見た。