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月の光/ロジェ plays ドビュッシー|谷口昭弘

月の光/ロジェ plays ドビュッシー
パスカル・ロジェ ピアノ・リサイタル
ミューザ川崎 ホリデーアフタヌーン・コンサート2017前期

2017年7月9日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
パスカル・ロジェ(ピアノ)

<曲目>
【オール・ドビュッシー・プログラム】
<アラベスク>第1番 ~《2つのアラベスク》より
<雨の庭> ~《版画》より
<水の反映> ~《映像》第1集より
<金色の魚>  ~《映像》第2集より
<沈める寺> ~《前奏曲集》第1集より
《子供の領分》
(休憩)
《ベルガマスク組曲》
<そして月は廃寺に落ちる> ~《映像第2集》より
<月の光が降り注ぐテラス> ~《前奏曲集第2集》
<亜麻色の髪の乙女> ~《前奏曲集第1集》
<グラナダの夕べ> ~《版画》より
《喜びの島》
(アンコール)
サティ:《ジムノペディ》第1番
ドビュッシー:《前奏曲》第1集より第12曲<ミンストレル>

 

フランスを代表するピアニスト、パスカル・ロジェがドビュッシーのみでプログラムを組むリサイタルを行うということで、否が応でも期待が高まった。
冒頭の<アラベスク>第1番を聴いた時のロジェの印象は、柔らかな音で、ややくすんだ色調であること。そして全体を通して、その場で音楽を作り上げている感覚があること。ただしそれには波があるようだった。<アラベスク>で冒頭の音型が戻ってくる箇所では、やや音楽が急ぎ足になってしまい、音が落ちているような箇所もあった。とはいえ<雨の庭>では、細かなところをあえて細部を明確にしないことでアルペジオがオーケストラ的な効果を醸し出し、それに支えられた旋律線がはっきりと出ていた。こちらも大胆で、その場的感覚がある。<水の反映>は旋律よりも音型で聴かせる作品だが、全体の流れの中でそれぞれの音型をうまく配置する辺り、作品が自分の体に染み込んでいるということでもあるのだろう。きらめく音色、低音の響き、和声進行による変化もある。曲間をあけずに演奏された、<金色の魚>は、やや乱れ気味ながら、これだけ楽譜の存在を感じさせない演奏というのも珍しい。

ゆったりとした作品にロジェはその特質を発揮するのか、前半のプログラムで最も印象に残ったのは<沈める寺>だった。冒頭から瞑想的で厳かな低音部と鐘のような高音部。そして盛り盛り上がった時に刻み込まれる音の凄さ。ここで奏でられている和声のバランスは、平行進行を多用するドビュッシーだからこそ難しいに違いない。またペダルを長く踏むことによって発生する濁りと、それでも共鳴としてペダルを使うこと、その両方をうまく捉えるロジェには、確かな耳と技術の融合があるということなのだろう。
前半最後の《子供の領分》で楽しめたのは<人形のセレナード>だ。アクセントの付け方が面白い一方、ギターのつま弾きを強調しない。ただ後半は音型で楽しませる箇所ゆえか、むしろギターらしさを前面に出していた。また<雪は踊っている>では、とにかく弱音が美しい。そして、勢いがある三連符に、身を乗り出したくなってしまった。

後半は《ベルガマスク組曲》から。<前奏曲>は古典的なフレーズ感の強い作品だが、自由な拍節感による伸縮自在な語り口で、前半曲とのつながりがある。<メヌエット>でも、冒頭部分こそ3拍子の定則的なリズムに則った様式観は崩さないが、中間部はそこから脱し、解き放たれた感覚を与える。そして<月の光>では、こぼれる音が内面にふっと落ちて、降りていく。ゼクエンツを経由して盛り上がり、溢れる旋律がずっと流れていく。とにかく美しかった。いつまでも聴いていたかった。
そのほか<月の光が降り注ぐテラス>では絶妙な音のコントロール、とくに最低音域と最高音域の重なり合いの見事さが印象に残り、<亜麻色の髪の少女>も、やはり自在なテンポの揺らしで進めていく。ただその場で音を生み出していく感覚は、ロジェが常に自己の音と音楽の流れに耳を傾けている証拠でもある。事実、最後は一つ一つの音を確かめるように終わっていった。
一方で概してテンポの速い作品は苦心しているように聞こえた。前半最後の<ゴリウォーグのケークウォーク>は、ややパンチが弱く控えめだった。後半でも<グラナダの夕べ>にハバネラらしさが欲しかった。ただこの曲の場合ドビュッシー流に様式化されたハバネラなのかもしれないし、その感覚は後半ににじみ出ていた。《喜びの島》なども、後半きらっとした光がエキゾチックなフレーズを彩りつつも、やや泳いでいる印象も拭えなかった。最後は体力を振り絞って弾き切ったというところか。

とはいえ、今回のロジェのリサイタルは多くの聴衆を幸せにしたし、アンコールの2曲で、会場の雰囲気は一層和やかになっていた。そして筆者自身、また彼の演奏に触れてみたいと強く願うことになった公演だった。