ブリテン:無伴奏チェロ組曲全曲演奏会|小石かつら
KCM Concert Series at Osaka Club No.113
ブリテン:無伴奏チェロ組曲全曲演奏会
2017年7月11日 大阪倶楽部4階ホール
Reviewed by 小石かつら(Katsura Koishi)
写真提供:Kojima Concert Management Co., Ltd.
<演奏>
チェロ:上森祥平
<曲目>
ジョン・ダウランド:ラクリメ「涙」
ブリテン:無伴奏チェロ組曲 第1番 op.72
リチャード・スマート:ああ、私にひどいことをしないで
ブリテン:無伴奏チェロ組曲 第2番 op.80
~休憩~
トビアス・ヒューム:愛よさらば
ブリテン:無伴奏チェロ組曲 第3番 op.87
ブリテンの無伴奏チェロ組曲全3曲の演奏会は、おそらく大阪で初めてだろうとのこと。しかも、ブリテンの3曲だけではなく、16世紀末から17世紀にかけてイギリス(あたり)で活動していた作曲家の小品がまず演奏され、それに続いてブリテンの各曲が導かれるという粋な趣向。ダウランドを聴いてブリテンの第1番、スマートを聴いて第2番、というふうになるわけだが、それぞれ、ざっと350年以上の年代的なひらきがある。けれども、うっかりしていたら、どこまでが17世紀でどこからが20世紀なのかわからないくらい、みごとなカップリング。魔法である。
とにもかくにも、独特の世界だ。今、前で鳴っているチェロが、別の世界への入り口で、その向こう側にひろがる寂寞とした、しかし、ぐうと吸い込まれるような力強い世界。この独特さの源泉を「英国」という国や土地に求めるのは単純すぎる、と思うのだが、ブリテンの個人的な特徴というよりは、やはり背景にある「英国」の特殊性を思う。どこか斜に構えたデリケートさ。とりとめのないつぶやき。オトナの成熟。
大雑把な書き方だが、全体的にとても重音が多い。その重ねられた旋律が形成する音程の緊張が、今にも裂けてしまうかというギリギリまで、突っ張る。さらに、重音として同時に鳴っている音の重なりに加えて、そこから連なる時間をともなう空間としての、音同士の緊張もまた、はりつめる。弦をおさえる左手の指先が、黒い指板に吸い付いついているようで、凝視してしまう。そして、わずかに音がかすれて、そのくぐもった音が、鄙びた閉塞感を醸し出す。向こう側の世界に我々をひきずりこんで、重音は、何かに迷っているかのように行きつ戻りつする。ピチカートがあるかと思えば、弓が踊るようなダイナミックな動き。ふと我に返ると、今度は軸となる音でぐいぐいと運ばれる。同じ音が執拗に繰り返される。時間ごとに、別人となって演じ分けているかのように、多様な音が絡み合う。分裂した音ひとつひとつは、枷が外れたかのごとく、奔放にふるまう。
配布されたプログラムは極めて簡素で、コピー用紙に両面刷り。作品の解説が無いだけでなく作品名すら最小限。しかし雑念が無いというのもよい。開始前の上森氏のトークは、まるで私たちと長年の知人であるかのような打ち解けたもので、しかも、その親密さは「演奏者と私たち(聴衆)」という二者の間にだけあるのではなくて、演奏者の作品への熱烈な、もう本当に熱烈な愛が語られる。だから、まさに演奏者が仲人となって、作品と聴衆がむすばれる。こんなに素敵な演奏会を体験できるなんて、その場に居た幸せを噛みしめる。ブリテンはこれらの作品を、ロストロポーヴィチに触発されて作曲したというのだが、上森氏に触発されて名作が生まれないものか、たのしみに待ちたい。