五線紙のパンセ|その3)決定と非決定のあいだで|木下正道
その3)決定と非決定のあいだで
text & photos by 木下正道(KINOSHITA Masamichi)
いよいよこの私の担当分の連載も今回で最後となる訳だし、さてここは一つ大きな花火を打ち上げてみようかと、それに相応しいテーマをここ数日の間、色々と探してみて来たわけなのだが、さてさてどのテーマに関しても中々決め手を見出せず、こうして文章を書き始めている今でさえ、何について書こうか相変わらず逡巡している有様である。
ここしばらく考えてきたのは「終わり、あるいは/そして 始まりとしての80年代」というテーマで、80年代に起こった様々な技術的革新や世界情勢の大きな変化等々を振り返りながら、音楽の世界で一体「何が終わり、何が始まったか」を多角的に検討していくというものであり、実はそれなりに準備を進めてきた。
80年代はまさに私が十代の青春を謳歌した年代 (と言いたいところだが実際は色々暗い話が多くて陰々滅々としてしまうのだが。しかし、友人には恵まれた) であり、例えばDX7やシンクラヴィアに代表されるデジタルシンセサイザーの興隆と発展、CDメディアの浸透による音楽パッケージの変遷などとともに、長く続いた冷戦の綻びから終結に至る世界史的に大きなうねりを踏まえて、80年代に終わったもの、80年代に始まったものをとりあえず炙り出し、それらが今現在の音楽界にどのように引き継がれ、または断絶されているのかを縦横無尽に論じようとしたのだが、それらの為に種々の資料を精査するに及び、ある種の無限ループ、すなわちこのことを論ずるにはさらにこの資料を、いやその後にはこの資料が…(以下繰り返し) の陥穽にはまり込むに及んで、この連載のためのある程度の字数制限には纏め切れないようなテーマであることが、次第に分かってきた。
例えば私は80年代を代表する、と言うかは起源はさらに遡るものの、その年代に一定以上の聴衆を獲得し、お茶の間に浸透した音楽として「テクノ」と「イージーリスニング」を挙げ、それらについて、例えばほぼ同時期に市民権を得た (と私自身は考えている) クラシックの古楽器演奏との関連で、その直接的間接的な影響関係とか、ある種の同時代性を論じることを目指したのだが (これは天才音楽家T君との会話が元ネタである)、「テクノ」とか「イージーリスニング」とか、それぞれ軽く触れるだけでも簡単に2000字は超えてしまうだろうと予想される広範かつ膨大な情報の蓄積があり、またそれらについて私などよりも遥かに、あまりに遥かに詳しい諸氏がそこかしこに鎮座しておられることを鑑み、それらのお歴々に拙文が「査読」されることを思うと、生来気の小さい私にはどうも堪えられそうもないのである。実際私が大きく出るのは、ブルックナーをdisられたりした時くらいなのだ。という訳で、このテーマによる詳論については後々必ず仕上げたいという希望は持ちつつも、時期的には「もうすぐだけど、まだまだ」なのであることをどうかご容赦願いたい。
あるいはもっと社会的な生々しい話題、例えば私は88年から上京し、一年間都内で新聞配達をして、世の中の暗部というものをこれでもかと言うほど見せつけられ味わい尽くすことになったのだが、そこから何か、現在まで通底するようなものを探りつつ語るということも考えた。時はバブル全盛時代、大きく不動産の広告が新聞紙面や折り込み広告に踊り、安売りならぬ「高売りセール」が横行し、タクシーは平気で乗車拒否をしていたものだ。
私自身はバブルの「恩恵」などこれっぽっちも受けなかったが、バブル末期の頃は建設現場で働いていて、周りのあまりの忙しさに「人はここまで働けるものなのか…」と驚き至ったものである。しかしこの話も、やや医学的 (メディツィーニッシュ)、または半ば露骨 (メディ・ツィーニッシュ)になってしまうかもしれないので、機会を改めたい。
ではもっと身近な話題、例えば最近訪問してその独特の佇まいが大変気に入った水戸の街や、その中でも特に偕楽園の素晴らしさについて語ったりしても良いだろうか。私は偕楽園のことを何も調べずに訪問し、中を気ままに散策していたのだが、背の比較的低い梅林 (葉が密生していないので地表も非常に明るい)と、その奥の鬱蒼と薄暗い杉林と竹林 (当然昼なお暗い領域が広がる) の見事な対比を見て、これはひょっとしたら陰陽の世界を表現したものなのかなと思ったりしたのだが、ご名答、園内の解説を読んでその通りだと分かり、一々言葉で説明しなくとも、造園のコンセプトが身体を貫く力として体感できるその仕掛けに全くもって感心したのであった。いや須く「作品」というものはこうでなくてはならない、と、共感とともに畏怖の念すらも覚えたのだが、では私が実地にて「体感、または体験」したことを、自らの言葉としてある程度の精度を持って語られるのかということになると、そのためには「未だ機が熟していない」と感じることしきりである。
ぐずぐすしていてもしょうがない、最近聴いて感銘を受けた音楽や、関心のある音楽について書いてみようか。先日来日していたハインツ・ホリガーには正に圧倒された (指揮もオーボエも)。「確かにそれはすぐそばにあるのに、普段の見方感じ方では容易に気づけない何か」について気づかせてもらえたことは確かで、それと最近関心があるポール・モーリアと絡めて「楽団長の系譜」として一文を起こすことも不可能ではないかもしれない。これはおそらく西洋音楽における「合奏」の原理に言及するはずだが…いやこれを論じるのも、今の私にとっては時期尚早なのだ。
このように、色々言いたいこと、書きたいことがあり、しかしその中からこれと絞って焦点を合わせてアウトプットとして仕立て上げられないということは、おそらく、実は我々は日常的に体験していることなのである。
例えば、作曲が締め切りに遅れる原因は色々あるが、おそらく一番はこの「絞れないこと」である。作曲家は一般的に、楽想が湧かないから書けないのではない。むしろそれは取り留めも無く大量に湧いてくる。ほとんど押しとどめようもくらいだ。だがそういうものの九割九分は使い物にならない「クズ」である。それらの言わば「ゴミの山」から、何とか使用に耐えるものを見つけ出す作業こそが「作曲」であるといえよう。選ぶこと、そしてその選択に関して「考え抜く」ことが重要なのである。
よくモーツァルトはあれよあれよという間に全く止まらずにすらすらと書き上げたとか、まるで見てきたかのように言う人がいるが、おそらくモーツァルトはその音符を書き出すぎりぎりまで頭の中で推敲してその結果を紡いだのであり、それが常軌を逸して高速であったのに違いないと考えるのが正しいだろう。
はっきり言えば作曲と言うのは音楽的な才能とか能力の問題というよりは、その最終的なアウトプットの「チェック能力」が大きなモノを言うのではないか、と最近とみに感じている。メロディを紡ぐとか、聴いて楽しい音響をあれこれ配置するというのは大して難しいことではないし、多分誰にだって出来る。ただ上述の「チェック能力」は一朝一夕で身に付くものではない。それこそ広い見聞と深い見識を身に付けるための弛まぬ努力と方向性の見極めが必要なのである。それが作曲以上に時間のかかることでもあるのだが、だからといって作曲の締め切りに間に合わないようじゃあ本末転倒である。要は締め切りに間に合わないのは、本人の仕事の進め方に自覚と目標が無いから、だけなのかもしれないよ、と自戒を込めて書き、この連載を終了することとしよう。またどこかでお目にかかれますことを!!
木下正道・今後の予定
7月21日、バリトンとギターのための作品が初演されます。
公募作品演奏会「ラ・フォリア」
霊南坂教会
https://www.facebook.com/events/417564958597540
7月25日、エレクトーンのための作品が初演、再演されます。
Yukino Ichikawa Electone recital vol.7
トーキョーコンサーツ・ラボ
https://www.facebook.com/events/316932342063397/
8月31日、クラリネットとマリンバのための作品が初演されます。
岩瀬龍太×會田瑞樹 クラリネット×マリンバデュオ
東京オペラシティ近江楽堂
http://mizukiaita.tabigeinin.com/AMHp-schedule.html
9月15日、笙とサックスと打楽器のための作品が初演されます。
武生国際音楽祭・新しい地平コンサート I
http://takefu-imf.com/mainconcert/
10月6日、コントラバスとエレクトロニクスの作品が初演されます。
マキシマム
永福町ソノリウム
10月25日、電力音楽演奏会「秋電会」が開催されます。
ゲスト=田嶋謙一 (尺八)
場所未定
11月25日、多井智紀さんとライブします。
水道橋 Ftarri
多井智紀=チェロ
木下正道=ピアノ
来年の予定ですが、
2018年6月13日
東京オペラシティ近江楽堂にて、個展開催予定。
オール新作です。ぜひ来てください!!
他にも来年はいくつかの演奏会の企画やオーケストラ曲の初演などもある予定です。乞うご期待!!
——————————-
木下正道(KINOSHITA Masamichi)
1969年、福井県大野市生まれ。小学生から高校生までの間の吹奏楽とハードロックの経験の後、東京学芸大学で音楽を学ぶ。大学入学後はフリージャズや集団即興、お笑いバンド活動なども行った。2001年度武満徹作曲賞選外佳作(審査員=オリバー・ナッセン)、平成14年度文化庁舞台芸術創作奨励賞、2003年日本現代音楽協会新人賞、などに入選。
現在は、様々な団体や個人からの委嘱や共同企画による作曲、優れた演奏家の協力のもとでの先鋭的な演奏会の企画、通常とは異なる方法で使用する電気機器による即興演奏、の三つの柱で活動を展開する。
作曲においては、厳密に管理された時間構造の中で、圧迫されるような沈黙の中に奏者の微細な身体性が滲み出すような空間を作ることを目指す。演奏会企画においては、演奏家との周密な打ち合せのもと、先鋭かつ豊かな音楽の様相を感じ取れるような音楽会を開催する。また電気機器即興は、多井智紀や池田拓実と「電力音楽」を名乗り、その他様々な演者とも交流し、瞬間の音響の移ろいを聴き出すことに集中する。
武生国際音楽祭で出会った作曲家(徳永崇、渡辺俊哉、星谷丈生)とともに、作曲家グループ「PATH」を結成、定期的に演奏会を開催する。