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日本フィルハーモニー交響楽団第691回東京定期演奏会|齋藤俊夫

日本フィルハーモニー交響楽団第691回東京定期演奏会

2017年6月16日 東京文化会館大ホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)

<演奏>
日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:アレクサンドル・ラザレフ
ピアノ:若林顕(*)
<曲目>
アレクサンダー・グラズノフ:バレエ音楽『お嬢様女中』
セルゲイ・プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第1番(*)
セルゲイ・プロコフィエフ:『スキタイ組曲《アラとロリー》』
第1曲「ヴェレスとアラへの讃仰」
第2曲「邪神と悪鬼の踊り」
第3曲「夜」
第4曲「ロリーの栄えある出発と太陽の行進」

 

プログラム・ノートで「埋もれた傑作」と評されているが、筆者には未聴の作品であり、まだその音楽をはっきりとは知らない作曲家グラズノフのバレエ曲『お嬢様女中』に、プロコフィエフ2作品のカップリングと聞き、興味津々で足を運んだ。

グラズノフ『お嬢様女中』、ホルンのソロに始まりフルートがそれを追い、次第に木管全体へと音楽が拡大していって、弦楽器で主題が高らかに奏されるイントロダクションは、子供時代に絵本の表紙を開くときのようなワクワク感がこみ上げてきた。副題に<ワトー風の牧歌>とあり、ロココ様式のギャラント(風雅)なイメージの作品であるとのことだが、なるほど、実に朗らかで影が全くない。ファンタスティックと言うよりメルヘンチックな愛らしい音楽。指揮台上でラザレフは真横を向いたり両腕を180度開いたりと実に元気溌剌にオーケストラを盛り上げ、オーケストラもそれに応えて明朗快活な喜びの響きを奏でる。また特記すべきはホルン、フルート、クラリネット、オーボエ、ファゴット、ヴァイオリン、チェロ、等のソロがみな歌心に満ちていて素晴らしかったことである。
だが、である。約50分の本作、30分位聴いた所で、筆者は「飽きて」しまった。終始一貫して明るく楽しい音楽なのだが、どこを聴いても金太郎飴を切るがごとく同じ楽想な、「終始一貫」なのである。例えばグラズノフの先達のチャイコフスキーの『くるみ割り人形』もメルヘンチックで明るいバレエ音楽であるが、しかしチャイコフスキーは作品内の楽曲ごとに差異を持たせることによって単調になることを避けている。グラズノフにはそれがない。延々と続く同じような「明るく楽しい音楽」に食傷して、筆者は終盤には「早く終わってくれないものか」とすら思ってしまった。
ラザレフが指揮台上で客席に振り返ってフィナーレを迎え、聴衆も大きな拍手で讃えていたが、筆者としてはやはりグラズノフには天才と呼ぶには足りないものがあるとの印象を新たにしてしまった。

プロコフィエフの『ピアノ協奏曲第1番』、これはソリスト若林顕、そして指揮者ラザレフの「勝ち」であった。若林は堂々たるイントロダクションに始まって、その直後からの超絶技巧・超高速の部分でも音の粒が1つ1つ立っており、音が団子状に潰れることが全くない。またラザレフの見事な采配により若林のピアノとオーケストラがお互いを引き立て合う。特に第2楽章のしっとりとした楽想での全体の調和はさすがとしか言いようがなかった。そしてオーケストラとソリストが全力で頂点まで駆け上がる第3楽章の圧倒的なプレスト!よくぞ弾ききってくれた。たまらない昂揚感にあふれたプロコフィエフであった。

『ピアノ協奏曲第1番』の興奮も冷めやらぬうちに始まった『スキタイ組曲《アラとロリー》』、第1曲ではホルン8管、トランペット5管、トロンボーン4管の強大な火力で、打楽器の強打も聴こえないほどの容赦のない大音響が会場中に鳴り響いた。しかし後半の弱音の箇所でもオーケストラは一糸乱れぬアンサンブルで神秘的な響きを奏でる。第2曲の邪神と悪鬼の踊りもまた圧巻の大音響。最後のあまりのノリの良さに筆者は首を振ってリズムを取るのが止められなかった。ぐっと影のある曲想の第3曲もまた幻想的、神話的な音楽。真夜中に射す月光のようなチェレスタの音が忘れられない。そして第4曲はほとんど無調に近い和声進行による怪奇な音楽から軽やかでユーモラスな楽想に移り、最後はまた無調に近い和声進行でオーケストラの音がどんどん膨らんでいき、超絶的な大音響でフィナーレを迎えた。
グラズノフと同じく、『アラとロリー』でもラザレフは客席の方を向き万歳して最後を締めたが、そのエンターテナーとしてのアピールより、筆者には彼のアーティストとしての確かな技量にうたれた。ラザレフのロシア音楽は凄い、そう知った夜であった。