第27回ワンダフルoneアワー 藤木大地 カウンターテナー・リサイタル|大河内文恵
第27回ワンダフルoneアワー 藤木大地 カウンターテナー・リサイタル
2017年5月19日19:30- Hakuju Hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供: Hakuju Hall
<演奏>
藤木大地:カウンターテナー
松本和将:ピアノ
<曲目>
シューベルト:アヴェ・マリア D.839
シューマン:詩人の恋 op. 48
シューベルト:春の想い D.686
夜と夢 D. 827
水の上で歌う D. 774
魔王 D.328
音楽に寄せて D.547
(アンコール)
シューマン:ミルテの花 op. 25より
はすの花
献呈
休憩なしの1時間という設定でおこなわれたリサイタル。
アヴェ・マリアの歌い出しであれっ?と思った。一瞬、出だしが不安定だったのだ。オペラでもゲストで出るコンサートでも、いつも抜群の安定感をみせる藤木がどうした?それでも、曲中に何度もでてくるAve Mariaを、すべて異なる表現で演奏してみせたところはさすがである。
つづく『詩人の恋』では、伴奏の松本が光っていた。どうやったら、こんなにやわらかい音を奏でることができるのだろう?全16曲から成るこの連作歌曲集は1曲1曲が異なる世界をもっており、その世界観は歌よりもむしろピアノによってあらわされているということが、まざまざと感じられた。16曲目の最後の一音などもう唸るしかない。かといって藤木が良くなかったわけではない。
第11曲「若者はおとめを愛した」では、明るい曲調をからっと歌い上げて好感をもったし、第16曲では、低音域の声がテノールではもちろんなく、飛び切り巧いアルトの低音であることに驚いた。カウンターテナーというと、高音の美しさに耳を奪われがちであるが、じつは低音にもその魅力があることに藤木の声で初めて気づいたのが本日の大きな収穫であった。
『詩人の恋』には、ピアノによる長い後奏がついている曲が多く、その間、藤木がどう振る舞うのかも気になっていたのだが、そこに芝居がかった動きをいれることは一切せず、どの曲もそれぞれ異なる1つの姿勢のまま曲を終えていた。とはいえ、ちょっとした身体の向きや視線の配りかたでピアノの奏でるその曲の世界観を見事に体現していたのは、オペラ歌手としての藤木の面目躍如である。
後半のシューベルト『水の上で歌う』は藤木が特に得意とするタイプの歌曲だと思われるが、長くのばす音が最初の1回だけわずかにかすれた。そういえば、『詩人の恋』でも第5曲と第10曲といった、「この曲好きでしょ?」と脇をツンツンしたくなるような曲で、軽くやわらかく歌う箇所から高音に向かう途中でほんの少しだけ喉で押している感じがしたのを思い出した。そうか。もしかして彼らは今ここで自分の限界に挑戦しようとしているのではないか?
オペラやゲスト出演の演奏会では、他の出演者への配慮から安定した歌唱が求められる。しかし、自分たちだけのリサイタルでは冒険しすぎてなにかあっても、すべては自分たちの責任である。それがもっとも感じられたのは『魔王』であろう。ピアニストに苦労を強いることで有名なこの歌曲において、猛スピードで突っ走る松本を今度は藤木がフォローしていた。こちらの勝手な妄想だが、コンサートの前に2人の間で、「今日は行けるところまで行くぞ!」「よし、おまえの骨はオレが拾ってやるから安心しろ」とでも会話がかわされたのではないか、そう考えると、すべての辻褄があう。すでにある程度の評価を得ている演奏家が自分の殻を抜け出そうとする瞬間に立ち会えたことは、聴き手にとって非常に幸運なことであった。
最終曲『音楽に寄せて』の最後の歌詞は、「私はあなたに感謝します」というもの。じつによく考えられたプログラムである。藤木は誰に「ありがとう」を言ったのか。このコンビでシューマンやシューベルトのほかの歌曲も聴いてみたい。続編を是非。