東京交響楽団 オペラシティシリーズ 第97回|齋藤俊夫
2017年5月13日 東京オペラシティコンサートホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
東京交響楽団
指揮:ジョナサン・ノット
アルト・サクソフォン:波多江史朗(*)
ドラムス:萱谷亮一(*)
<曲目>
B・ハーマン作曲/C・パーマー編曲:『タクシードライバー』~オーケストラのための夜の調べ(*)
H・バートウィッスル:『パニック』~アルト・サクソフォン、ジャズ・ドラムと管打楽器のための酒神讃歌(*)
L・V・ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調
ハリウッド古典期からその作品群を音楽で彩ったハーマン最後の映画、傑作『タクシードライバー』の組曲と聞いて、映画ファンでもある評者の心は沸き立った。冒頭の<プレリュード>の「ジャーン!」という音だけで70年台ハリウッド映画の世界が頭と心に広がる。アルトサックスによる色気に満ちた<ブルース>、トランペット、ホルン、弦楽と旋律が受け渡される<夜の徘徊>、バスドラムが拍を打ちトロンボーンが咆哮する<大虐殺>、そしてまたアルトサックスのメロウな旋律の後、プレリュードと同じ音楽に帰って<フィナーレ>。
ノスタルジアと言うのもおかしな言葉かもしれないが、「あの時代のハリウッドでしかありえない」映画音楽をコンサートホールの生オーケストラで聴くという体験は何物にも替え難い。短い作品ながら挑戦的な選曲にまず一本取られた。
しかし次のバートウィッスルは、指揮者の采配と、作品の性格と、ソリストのアプローチが齟齬をきたしていた。タイトルの通り、アルトサックスとドラムスが管楽合奏と共に舞台上を駆け回るダイナミックな作品であるが、ノットの采配は室内楽的な、それぞれのパートがぶつかったり上塗りしあったりしないよう繊細に音楽を構築していこうとするものだった。
だが、この作品はそれほど論理的に構築されていない。それゆえ曲としては勢いにまかせて怒濤の寄り身で押し切ってしまうべき所が多々あるのだが、ノットの知性がそれを許さない。また、ソリストが管楽合奏に挑んできても管楽合奏はそれに乗ってこない。ソリストが奏する音楽の即興性と指揮者の求める音楽の構築性がかみ合わず、音楽的焦点が合わずじまいであった。ノットの彼らしさが本作ではあだとなってしまったと言えるだろう。
プログラム最後のベートーヴェン『交響曲第8番』、これはさすがジョナサン・ノットと言うしかない。様々な植生の花園の中を歩くように、楽想ごとにオーケストラが全く違う音楽的相貌を見せてくれる。
ベートーヴェンの交響曲を形作る単純なモチーフの反復が、いわゆる「楽聖ベートーヴェンの求道的情熱」といったしかつめらしく肩肘張った音楽にならず、吹き抜ける薫風のような舞曲をなす。
作品自体の持つ音楽的論理から逸脱するところのない解釈で、確かにベートーヴェンの『8番』に他ならない音楽なのだが、しかしこんなに爽やかなベートーヴェンは初めて耳にした。ノットの知性と感性が完全かつ明晰であるからこそこのような音楽が可能となる。まさに初夏をことほぐ音楽であった。