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フィルハーモニア管弦楽団2017年 日本公演|谷口昭弘

フィルハーモニア管弦楽団 2017年日本公演

<オール・ベートーヴェン・プログラム>
2017年5月21日 横浜みなとみらいホール
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(5/15@東京文化会館/都民劇場公演)

<演奏>
チョ・ソンジン(ピアノ)
エサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団

<曲目>
ベートーヴェン:序曲《命名祝日》ハ長調 Op. 115
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調 Op. 37
(ソリスト・アンコール)
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調より第2楽章
(休憩)
ベートーヴェン:交響曲第7番
(オーケストラ・アンコール)
シベリウス:組曲《ペレアスとメリザンド》より第8曲<メリザンドの死>

 

《命名祝日》序曲は冒頭から柔らかなホルンに始まり、すっきりとした見通しのよい響きの序奏、キビキビとしたタクトによる主部が続く。このアウフタクトを強調した推進力の強さに思わず体が乗ってくると、中間部には思わぬ不協和音が入り交じる。この不思議な音に気分が高まる一方、いささか単純なリズムによって全体が展開していると言えなくもなく、あまり当作品が演奏されないのも納得できてしまった。ただ舞台上に凝縮され一つにまとまるアンサンブルの実力はやはり格別だ。またトランペットとティンパニーに古楽器を配することによって、背筋がしゃきっとするリズム感が立ち現れるのは面白い効果だ。
《ピアノ協奏曲第3番》において、独奏のチョ・ソンジンは決してこれ見よがしに主張せず、むしろ訥々とした表情で弾き始める。しかしピアノの共鳴体からは細やかな粒がこぼれ、展開部ではオクターヴで奏でる旋律が聴き手を魅了させてくれた。またオーケストラの音色と寄り添い融合する様は見事。あるいはオーケストラの響きの中にサロネンがピアノを呼び寄せたとも言える。
ソンジンは自分の時間をたっぷりとって第2楽章冒頭を聴かせ、オーケストラもリラックスした表情を見せる。しかし彼はペダルをぐっと踏み込んで中間部に入り、フルートとピアノが精度の高いアンサンブルの中に歌い合い、溶け合っていく。この楽章ではピアノの線上にオーケストラが自然に息づいていた。ソンジンは後半部分で音の一つ一つに耳を傾け、旋律線をしっかり確かめるように弾き、豊かな瞑想的響きの中に共鳴していく。
第3楽章は、インテンポの中での攻め方を互いに探っていく様が楽しい。均整のとれた弦楽器、歯切れよいトランペット、柔らかい木管を背後に、ソンジンも伸びやかに美音を聴かせていた。

ソンジンのアンコールは、モーツァルトのソナタからの緩徐楽章。アルペジオの和声的転換点に注目し、旋律にじっくりと耳を傾けつつ、大きな劇的な流れをも忘れずにいた。

《交響曲第7番》は最初のA音の破壊力とやわらかな木管の対比から聴き手をぐいとつかむ。2分音符と16分音符の交錯が切れるまくる序奏に続くのは、不思議な落ち着きを備えつつも最後は一気呵成に突き進むソナタ主部であった。第2楽章はあっという間に終わったように感じられたのだが、それは低弦から対位法的に積み上げられる楽想が美しい層を成していたこと、中間部はクラリネットが主導し、音色の力点がさっと移ったこと、そして後半はヴァイオリンとヴィオラのアルペジオの行き交いが美しく、全体としては全く隙のない展開が耳を常に楽しませてくれたからだろう。めまぐるしい楽想の移り変わりで圧倒する第3楽章では、同属楽器によっても音域の違いによる音色の差が明確に表出され、トリオ部分では光線のように鮮やかに突き刺すトランペットとティンパニーの轟く様に圧倒された。木管楽器群は繊細さと大胆さを兼ね備えていた。
最初のゲネラルパウゼを引き伸ばしてあっと思わせた後は、とにかく押せ押せで進む第4楽章。この楽章は、うまみのある楽想が次々と、あるいは早々に全部出てしまい、すぐにネタ切れになってしまう気がしてしまうのだが、実はそれも織り込み済みで作られていることが今回の演奏で分かった。バランス的には弦楽器がかき消されてしまうところもあったが、全体の勢いの中で持って行かれてしまった。この繰り返しの多い音楽の流れに身を任せると、感覚が次第に麻痺していった。何とおそろしく麻薬的な交響曲なのだろう。
オーケストラのアンコールはお得意のシベリウス。もう少し最後の音が消え入る瞬間まで拍手を待って欲しかった。