ラトヴィア放送合唱団|齋藤俊夫

ラトヴィア放送合唱団
すみだトリフォニーホール開館20周年 ラトヴィア放送合唱団

2017年5月22日 すみだトリフォニーホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)

<演奏>
ラトヴィア放送合唱団
指揮:カスパルス・プトニンシュ
フルート:若林かをり(*)
ソプラノ・サクソフォン:大石将紀(*)
テナー・サクソフォン:田中拓也(*)

<曲目>
フィリップ・グラス:『コヤニスカッツィ』より『ヴェセルズ』(*)
アルヴォ・ペルト:『スンマ』
セルゲイ・ラフマニノフ:『徹夜祷』
(アンコール)
ラトヴィア伝承歌『I was born singing』

 

無神論者たる筆者はまだ芸術に触れて神を知るという体験をしたことはない。だが、真に神を信じるものによってのみ可能な、人間を超えた芸術がありえることは知っている。今回のラトヴィア放送合唱団はそのごくまれにしかありえない奇跡的体験を実現してくれた。

前半のオードブル的な現代音楽2作を聴いた時点では、ラトヴィア放送合唱団の実力はまだわからなかった。クールなグラスのミニマル・ミュージックと厳粛で敬虔なペルトの宗教音楽という全く違う現代音楽を巧みに歌いこなし、なるほど世界最高の合唱団とのふれ込みに嘘はないな、と思いつつも、平静に聴くことが出来た。確かに上手い合唱団だが、あくまで人間の能力の範囲内に留まったものとして聴いた。

だが後半のメインのラフマニノフ『徹夜祷』を聴いて、筆者は身動きがとれなくなった。手帳にメモを取ることもできず、口を半開きにして呆然と耳に届く歌声に聴き入ってしまった。今自分が聴いている音楽は本当に人間によるものなのか、こんな合唱がありえるのか、と。

15曲からなる本作ではラフマニノフの創作した主題の他に、ギリシャ聖歌やキエフ聖歌、ズナメニ聖歌(ビザンティン聖歌から派生してロシアで土着化した聖歌)などの古い旋律を主題とした曲が多く、古楽に似た、拍節感が希薄で、古典的な和声ではありえない和声進行と複雑な多声部書法が使われている。
しかしラトヴィア放送合唱団はその複雑な和声を全く乱れることなく、濁りなく透明で豊かな倍音を伴って歌い上げる。そして空間に浸透して聴衆を包み込むような柔らかな歌唱法や、直線的に耳に届く輪郭のはっきりした歌唱法などを使い分けて多声部書法を見事に表現する。各曲の終わりは消え入るようなディミヌエンドなのだが、その無音に至るまでのほのかな声が実に美しい。優しくもあり、輝かしくもあり、力強くもあり、清らかで、聖別されたかのような奇跡的な音楽。世界最高の合唱団とはかくも人間を超えた音楽を可能にするものだったのか。

創造主たる神を讃える讃美歌とは、同時に神によって創造された世界を讃え、またその世界に生きる人間をも讃える歌でもあろう。讃美歌によって我々は世界の美しさと人間が人間的であることの美しさを改めて知る。そしてその美しさの根源に美の創造主たる神を見る。

筆者には信仰というものがどういうものなのかよくわからず、いるかどうかわからない神を信じることはできない。だが、ラトヴィア放送合唱団は神への信仰によって人間を超越した音楽を聴かせてくれた。神を信じることはできなくとも、神への信仰が人間を高めうることは信じることができる。
神の名のもとに憎しみが生まれていく現代において、世界をより美しく、人間をより人間らしくする神の業としての芸術がまだありえることを改めて確認できた演奏会であった。