大萩康司プロデュース ギターと声vol.3 |齋藤俊夫
2017年5月27日 Hakuju Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
写真提供: Hakuju Hall
<演奏>
ギター:大萩康司
指揮:西川竜太
声楽アンサンブル:ヴォクスマーナ
<曲目>
アルベニス:『スペインの歌』op.232より第4曲『コルドバ』(ギター・ソロ)
カステルヌオーヴォ=テデスコ:『ロマンセロ・ヒターノ』op.152(ギターと声楽アンサンブル)
I.『3つの川の小さなバラード』
II.『ギター』
III.『短刀』
IV.『行列』
V.『メメント』
VI.『踊り』
VII.『クロタロ(ガラガラ蛇)』
権代敦彦:『ひびきわたる孤独』(ギター・ソロ)
権代敦彦:『ギターとヴォーカル・アンサンブルのためのAMORS―愛と死の歌―』(ギターと声楽アンサンブル)
(世界初演、大萩康司・Hakuju Hall共同委嘱作品)
I.『愛の虜』
II.『愛の瞬間』
III.『死への愛』
IV.『間奏曲』
V.『シ(死)のオスティナート』
日本の現代音楽シーンを牽引するギタリスト・大萩康司と、西川竜太率いる声楽アンサンブル・ヴォクスマーナの共演と聞いては演奏会に臨まざるをえない。どんな音楽が待っているのか心沸き立った。
まずは大萩のギター・ソロによるアルベニス。曲の序盤は泣き笑いの音楽。昔の思い出にひたっているかのような哀切なギターの音が心に染みる。楽想が替わってスペイン的な華麗かつ悲愴な音楽をギターが歌いあげる。そして終曲はまた切なく去っていく。大萩のギターの表現の豊かさに感嘆した。
大萩とヴォクスマーナのコラボレーションによるカステルヌオーヴォ=テデスコは、去っていった愛を歌う第1曲、「ギターが泣き声をあげる」(歌詞カードの濱田吾愛訳による)という悲しい歌詞を長調で歌う第2曲、「短刀が胸に入ってくる」という激しい曲調の第3曲、寂しげなギターに合わせてバリトンソロが歌われ、そして優しくも哀切な合唱に移る第4曲、「わたしが死んだなら わたしのギターと一緒に埋めておくれ 砂の下に」という死出の別れの言葉を牧歌的な長調で歌う第5曲、テノールソロと合唱による華やいだ舞曲の第6曲、「クロタロ(ガラガラ蛇)、クロタロ、クロタロ」と合唱とギターが高速で駆け抜ける第7曲と、どれもギターと歌声の魅力を出し切った快作であった。だが、惜しむらくは弱音での合唱のアンサンブルがやや拙かったことである。ソロや強音ではさすがヴォクスマーナと思わせる迫力だったのだが、要所要所で大萩の繊細なギターと合唱にズレがあったことは指摘せざるを得ない。しかし決して悪い音楽体験ではなかった。
後半の権代敦彦の現代曲2作品、まずはギターソロによる『ひびきわたる孤独』。しかしこれは筆者にはよくわからない作品だったと言わざるを得ない。奇妙な音階または旋法でギターが爪弾かれていると思ったら強烈な「ビィーン!」という強打が入り、旋律の断片が荒々しく吹き荒れ、またいつのまにかメゾピアノくらいの音量で虚ろな旋律が弾かれ、そしてビートを刻みつつ胴を手で叩く、等々、楽想が入れ代わり立ち代わり目まぐるしく変わっていくのだが、そこで何を聴けばいいのか、何を聴かせたいのかがわからない。相当に難曲であろう本作を弾ききった大萩の技量は十分過ぎるほどに理解できたが、作品の意図は理解できなかった。
最後は今回の目玉とも言える権代の委嘱新作『ギターとヴォーカル・アンサンブルのためのAMORS-愛と死の歌-』である。パーリ語による仏教経典(第1楽章)、若山牧水の短歌(第2楽章)、マタイ受難曲の引用(第3楽章)、キリスト教神秘主義者のスペイン語の詩句(第5楽章)、と多様なテクストを題材にした「愛と死」を主題とした作品(第4楽章はギターソロ)だが、これは壮絶な音楽であった。
第1楽章、最低音域の最弱音で念仏のような唱法による歌を男声が始め、次第にクレシェンドしてギターと合唱が一旦頂点を形作る。そして歌手ごとに違う歌詞・旋律によるミクロポリフォニー音楽が女声も加わった12人の合唱全員で歌われる。次第にポリフォニーの声部が合わさっていって拍節も整えられ、大迫力の最大音量に至る。そして音量・音高ともに下行していって最弱音でパーリ語がつぶやくように歌われ、ギターが小さくたたらを踏んで終わる。
第2楽章はギターとソプラノソロによる短い楽章だが、超絶技巧のギターと、こちらもまた難易度の高いソプラノが一緒によりそうようでいて、しかし無限遠の距離があるようでもあるという不思議なアンサンブルを聴かせてくれた。
第3楽章、「愛ゆえに主は死に給う」という主題により、ギターと女声合唱に始まり、後に男声も加わり、やがてギターが止まり合唱だけで悲痛な歌が歌われる。そしてギターが戻って澄んだ合唱で終わる。
第4楽章のギター独奏は、序盤はギターが孤独に舞うが、次第にその寂しさの中に内攻的で鬱勃としたエネルギーが溜まっていき、激情的な音楽と化した。その迫力に最後まで謹聴せざるを得なかった。
第5楽章は「シ」の音のオスティナートが、奏されるパートを変えながら延々と持続される中、点描的な楽想をギターと合唱が奏したり、ソプラノが朗唱的なソロを歌ったり、ギターが激しく踊り狂ったりと様々な表現が現れ、そして最後には「AMOR」(愛)あるいは「AMORS」(愛+MORS(死))という歌詞が合唱によって高らかに歌われ、そして「シー!」(死、であろう)という無声音が合唱全員によって発せられ、ギターが独り「シ」の音をオスティナートして消えゆき、終曲。
全曲を通じて「愛と死」という主題を音楽で見事に表現し、また大萩とヴォクスマーナの卓越した技量を全て出しつくすことで初めて可能となった素晴らしい作品であった。このような音楽を作曲した権代と、見事にそれを演奏した大萩とヴォクスマーナ・西川竜太のさらなる活躍に期待したい。