撮っておきの音楽家たち|マルティン・ハーゼルベック|林喜代種
マルティン・ハーゼルベック(オルガニスト・指揮者)
2014年3月7日 武蔵野市民文化会館小ホール
2017年4月20~23日 武蔵野市民文化会館大ホール
photos & text by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)
マルティン・ハーゼルベックが1985年に創設した古楽オーケストラ「ウィーン・アカデミー管弦楽団」が武蔵野市民文化会館でベートーヴェン交響曲全曲演奏会を行なった。これは同会館の昨年4月より一年間の大幅なリニューアルを記念してのプロジェクトである。このオーケストラの指揮者であるハーゼルベックはベートーヴェンの交響曲が初演されたホールや教会などの会場での演奏や録音をおこなっている。武蔵野市民文化会館の響きは現存するウィーンのそれらのホールの響きに近いとのこと。4月21日には『第九』のリハーサルが山台を組んで行われた。この状態がよりいい響きだったので以後このままで演奏されることになった(初日の4月20日は山台はなし)。
マルティン・ハーゼルベックは1954年ウィーンの著名な音楽一家に生まれ、ウィーン、パリで研鑽を積む。数々の国際コンクールに入賞し、ソロ・オルガニストとして高く評価されている。2014年3月の来日ではオルガニストとして武蔵野市民文化会館でリサイタルを行なっている。この時のプロは「ウィーン・プログラムの決定版」として、J.S.バッハの『トッカータ、アダージョとフーガ』ハ長調、モーツァルトの『アンダンテ へ長調』、そしてリスト:バッ ハのカンタータ『泣き、嘆き、悲しみ、おののき』と、ロ短調ミサ曲『十字架につけられ』の通奏低音による変奏曲、ハーゼルベック:即興ほかを演奏。即興についてハーゼルベックは、「かつては様々な楽器でも行なわれていた。バッハもモーツァルトもベートーヴェンも、そしてリストも優れた即興演奏家であった。今日では即興演奏はジャズ・ミュージシャンとオルガニストによってのみ受け継がれている」と語っている。「まず主題を取り上げ、それを徐々に発展させ、最後にひとつの大きな作品として生み出す。この技法はオルガン文化とオルガン奏者にとって常に重要な位置を占めている」という。ハーゼルベックはハプスブルク家600年以上にわたり代々居住した王宮内にあり、今もウィーン少年合唱団が毎日曜日にミサで歌うことで知られるウィーン王宮礼拝堂のオルガニストである。
今回ウィーン・アカデミー管絃楽団は、正月のウィーン・フィルの「ニューイヤー・コンサート」でお馴染みの会場、ウィーン楽友協会の主催定期公演に出演して定評を得ている。ベートーヴェンの交響曲の初演会場の音響条件、当時の楽器、編成、様式、を徹底的に調べ上げる。武蔵野公演でも1730年代のティンパニー、バルブやピストンのないホルン、ガット絃の弦楽器使用でモダン楽器とは一味違うウィーン的音色で聴衆を驚かせた。特に『第九』の最終楽章で合唱団がオーケストラの前に並び直接聴衆に<歓喜の歌>を歌いかけた。これは初演時のスタイルとのこと。全てがハーゼルベックの音楽へのこだわり。新鮮な初体験。CD(アルファレーベル)で「RESOUND」のタイトルでリリースされている。