紀尾井ホール室内管弦楽団 第106回定期演奏会|藤原聡
紀尾井ホール室内管弦楽団 第106回定期演奏会 リニューアル・オープニング
2017年4月21日 紀尾井ホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
指揮/第1ソロ・ヴァイオリン:ライナー・ホーネック
第2ソロ・ヴァイオリン:千々岩英一
コンサートマスター:玉井菜採(ストラヴィンスキー、バッハ)、千々岩英一(ハイドン)
紀尾井ホール室内管弦楽団
<曲目>
ストラヴィンスキー:ニ調の協奏曲(バーゼル協奏曲)
バッハ:2本のヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043
ハイドン:十字架上のイエス・キリストの最後の七つの言葉 Hob.XX/1A
紀尾井シンフォニエッタがその名称を「紀尾井ホール室内管弦楽団」とより明快なものに変え(※)、さらに主席指揮者にウィーン・フィルのコンサートマスターで近年は指揮者としての活躍も目覚ましいライナー・ホーネックを迎えた。この第106回定期はその「リニューアル」後の第1弾となるコンサートである。しかし、バッハはまだしもこの通好みのプログラムはどうだろう。こういう機会のコンサートに敢えてありきたりの有名名曲を持ってくるのではないところに演奏者達の意気込みを感じるのは筆者だけではあるまい。そして、その演奏も非常に内容の濃いものであった。
ライナー・ホーネックがストラヴィンスキーを持って来る、というのは単なる先入観かも知れぬが意外、の感を受ける。しかしその演奏はなかなか見事。新古典主義的な簡素さの中にリズムの遊戯性や斬新な音感覚を宿したいかにもストラヴィンスキーらしい曲だが、ホーネックはそれぞれのパートを鋭角的に立ち上げて刺激的な音響を構築することにはあまり興味がないようである。その代わりに、他の演奏ではあまり感じなかったような優美な表情やマッスとしてのオケの質量感を意識させるようなものになっていたのが興味深い。やはりホーネックの母体であるウィーン・フィル的な音楽性のDNAの成せる業か。筆者はよりエッジの効いた鋭敏な演奏を好むが、それは別として質の高い良い演奏だった。それにしてもこのオケのアンサンブルは極上。
2曲目はホーネックが第1vn、紀尾井ホール室内管弦楽団のコンサートマスターである(言うまでもなくパリ管の副コンサートマスターでもある)千々岩が第2vnを受け持ってのバッハ。むろんピリオド的な潮流とは別個の流麗な演奏で、これが逆に新鮮に聴こえる。ソロ2人も大変に上手く、歩み寄っただろうが両者の音楽性に非常に近しいものを感じる。尚アンコールが面白く、ホーネック自らもアナウンスをしたが終演後のアンコール告知ボードからそのまま引けば「ヨーゼフ・ヘルメスベルガー父(ウィーン・フィル・コンサートマスター/1863-1877在任)の作によるバッハ:『2本のヴァイオリンのための協奏曲』第3楽章のためのカデンツァ」。ホーネックも「ロマンティック過ぎる」と言っていたように、バッハにはどう考えてもそぐわないところがまた面白い。こうやって別個に聴くと面白いのだが、いざ全曲の中に埋め込めばそこだけ浮くのは間違いあるまい。このアンコールはホーネックならではの選曲であろう。
休憩を挟んでのハイドン。つまみ聴きが出来る録音で聴く場合はともかく、これを実演で演奏するのはいささかリスキーと思われる。全曲演奏時間は破格の65分、何せ短い終楽章以外は全て緩徐楽章であり、演奏はその中で楽想の変化に敏感に反応しニュアンスの多様性を持たせないと聴衆はたちまち飽きる。当夜の演奏は緊密な合奏とダレないテンポによる緊張感の維持が見事であり、指揮者が楽曲を完全に手中に収めていることが手に取るように理解できる名演奏だったと思う。各楽章のテンポの繋がりに全体の構成感を背後に体感、緩徐さの連なりに内的関連性を聴き手それぞれが自ずから見出すように上手く仕向けられているような演奏、と言うべきか。終曲「地震」の迫力は相当に凄まじい(尚、この曲の演奏では各曲が始まる際、ステージ背後上部に曲名の字幕が原題のラテン語と日本語で写し出されていたが、似た曲想の連続であるために少しボーッとしていると曲の初めと終わりが分かりにくくなることを見越してのものか。プログラムを見れば情報としての曲名は得られるにせよ、この字幕は飽きさせないための一定の効果を発揮していたように思う)。
改めて述べるが、総じて当夜の演奏はみな水準が高く、ホーネック&紀尾井ホール室内管弦楽団の新たな船出は前途洋洋と思う。確かに渋いが、この渋さもまた思索的で心地良い。こういう「大人の時間」、今後も歓迎。
(※)「シンフォニエッタという名称は一般の方々にはなかなか理解されにくい上に、通常のオーケストラに近い編成を持つこの団体にはそぐわないと認識しました。そこで、国内外を通じてすでに高い認知度を持つ紀尾井ホールの名を冠することによって、ホールとの一体感や求心力を高めたいと考えたのです」(紀尾井ホールの運営団体/公益財団法人 新日鉄住金文化財団。東洋経済ONLINE田中泰氏の記事より引用)