塚越慎子 マリンバ・リサイタル|齋藤俊夫
2017年3月2日 紀尾井ホール
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
マリンバ:塚越慎子
ピアノ:今川裕代(*)
マリンバ:藤澤仁奈(**)
<曲目>
アンナ・イグナトヴィッツ:『トッカータ』
伊福部昭:『ラウダ・コンチェルタータ』(抜粋)(*)
細川俊夫:『さくら』
スティーブ・ライヒ:『ナゴヤ・マリンバ』(**)
狹間美帆:『マリンバのための小狂詩曲』(2017、塚越慎子委嘱作品、世界初演)
ジョン・ササス:『ワン・スタディー・ワン・サマリー』
薮田翔一:『Clarion』(2017、塚越慎子委嘱作品、世界初演)
エマニュエル・セジョルネ:『マリンバ協奏曲』(*)
(アンコール)ウォルフガング・A・モーツァルト『アヴェ・ヴェルム・コルプス』
塚越慎子は1998年日本クラシック音楽コンクール打楽器部門第1位を始めとして、2006年パリ国際マリンバコンクール第1位、2011年第22回出光音楽賞他多数の受賞歴を誇る、現代日本を代表するマリンバ奏者である。
まず最初のイグナトヴィッツの音楽に惹きつけられた。神秘的で静謐な導入部に始まり、柔かい打鍵と固い打鍵を使い分けつつ作曲家がこめた父の死への哀悼を音楽化する。悲しみに満ちた瞑想的な音楽の、マリンバから響く豊かな余韻に身をゆだねた。
読売日本交響楽団との協奏で一昨年録音し昨年CDで発売もされた伊福部作品、筆者はまだ訪れたことがないのだが、北海道の自然とはかくも雄大なものなのであろうかと思わされるスケールの大きな演奏。柔かく重いマレットで旋律線の輪郭よりも音響の広がりを強調する。全3部構成の第3部アレグロ・ペザンテではアクセントの有無を強調しまさに踊り狂う。ラストの3連符の連打はよくぞ叩ききってくれたと言いたい。オーケストラではなくピアノ1台とマリンバの編成でかくも大きな音楽が可能であったか。
細川作品は伊福部とは一転して最低音域の聴こえるか聴こえないかの音量の域のトレモロで始まり、そのままピアニッシシモからピアノ程度の音量でひそやかに「さくら」の歌が歌われる。だが、ただ音が小さいだけではなく、マリンバの音響の特性をいかし、弱音でも会場中に音が満ち満ちていくのである。終曲では始まりと同じように最低音域で静寂の中に音が消えゆく。
ライヒ『ナゴヤ・マリンバ』は2台のマリンバの、位相のずれによるカノン的書法で書かれた作品だが、言うは易し、演奏するは難し、聴くのはいと楽し。オップ・アート的、錯視的音響の乱反射とマリンバの包み込むような音響が絶妙に快い。目が(耳が?)回るような感覚なのに妙に冷たく、だが柔かい。いや、やはりライヒもすごいが塚越恐るべしである。
前半の最後を飾った狹間作品は新日本音楽「春の海」を切り刻んでつなぎ合わせた作品だというが、陽旋法の原曲をミックスすることによって、ところどころ「あれ?」と言いたくなるような断片が現れるのだが、なぜか陽気というよりは悲しみを帯びた音楽として聴こえた。それはあるいは筆者が日本人ながら日本音階よりは西洋のそれに身近に接してるせいなのかもしれないが、しかし面白い音楽体験であった。
休憩を挟んでササス、電子音楽とマリンバ、ジャンク・パーカッション(大小各種のシンバルやフライパンなどの金属打楽器)の独奏曲と聴くとさぞかし珍しい音楽なのだろうと期待したが、これはいささか肩すかしをくらった。第1楽章では電子音楽のポピュラー音楽のようなビートに合わせて、マリンバとジャンク・パーカッションが高速で叩かれ、第2楽章では自然環境音(波の音や鳥の鳴き声、虫の鳴き声などが聴こえた)の中、マリンバが静かに響く。こう書くと挑戦的な音楽なのだろうと思われるかもしれないが、ポピュラー音楽ではどうなのかわからないが、すくなくとも現代音楽としては底の浅い音楽だったと言わざるを得ない。
薮田作品は塚越の演奏からインスピレーションを得て書いたと言う通り、塚越の音色の美しさに存分に浸れる音楽であった。静かだが、木漏れ日のように優しく、明るい響きが優しく会場を包む。全3部のうち第3部では固いマレットによる高速のパッセージだが、聴いてきて耳に強くぶつかってくることがない。マリンバの音はあくまで柔和である。塚越の音楽の正鵠を射た音楽として聴いた。
そして最後のセジョルネ、序盤こそ固いマレットによる厳しい音楽であったが、第1楽章はラフマニノフを意識したとプログラムにあったとおり、その後はラフマニノフ的な、切なく甘いロマンティシズムに満ちた楽想が綴られる。第2楽章はピアソラのタンゴを思わせる熱い音楽が激しく燃え上がる。塚越の音楽の幅広さを見せつけられた。
アンコールのモーツァルトは実に優しい優しいトレモロによる歌。音のビロードに包まれ、そのまま溶けていくかのような音楽。会場での生演奏でしか体験しえない塚越のマリンバの音色に酔った一夜であった。