レスピーギ:オペラ《ベルファゴール》|谷口昭弘
東京オペラ・プロデュース レスピーギ:オペラ《ベルファゴール》
2017年2月5日 新国立劇場 中劇場
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
指揮:時任康文
演出:馬場紀雄
ベルファゴール:北川辰彦
カンディダ:大隅智佳子
バルド:内山信吾
ミロクレート:佐藤泰弘
オリンピア:田辺いづみ
マッダレーナ:小野さおり
フィデリア:二宮望実
ドン・ビアージョ:白井和之
メニカ:星智恵
老人:鷲尾裕樹
少年:溝呂木さをり
合唱:東京オペラ・プロデュース合唱団
管弦楽:東京オペラ・フィルハーモニック管弦楽団
レスピーギといえばオーケストラの色彩が鮮やかな「ローマ三部作」をどうしても思い出してしまうが、実は未出版のものを含めて10のオペラを作曲しており、この《ベルファゴール》は、そのうちの第6作目にあたるもの。タイトルにあるベルファゴールというのは、このオペラに登場する悪魔の名前で、人間世界において「幸せな結婚というものは存在するのか」という問題を確かめるためにやってきた。カンディダとバルダという女性と男性が将来を見越した恋仲であったのをベルファゴールが引き裂き、カンディダは不幸な結婚生活を送ることになるが、実は運命は結婚を無効としており、最終的にはカンディダとバルダに幸せが戻ってくるという筋書きである。
こう書くと、悲劇的な出来事に翻弄された主人公たちという風に聞こえるかもしれないが、実はベルファゴールという「悪魔の中の悪魔」は、なぜか人間的で憎めない存在。バルダから奪う形で結婚したカンディダに対して心から惚れこんでしまう。一方カンディダの父親ミロクレートは、金に目が眩んで、この悪魔に喜んで娘を捧げる。またカンディダの姉妹となる娘たちは裕福なベルファゴールに、無心に恋心を寄せていく。そんな喜劇的な側面も当作品には強く、プロット自体は楽しさも満載である。
形式的にはナンバー・オペラではなくワーグナー流の楽劇に近いところもあり、また和声語法も印象主義にも通ずる美しさがある。そしてカンディダとバルダの、愛しあう二人の場面では(プロローグなど)、その歌う内容も特に詩的で、静かな余韻を常に残していた。
そのような中、バルドを歌った内山信吾は、真摯な役で音域を歌う箇所も多く、かつ19世紀のイタリア・オペラに期待されるような力強いトランペット・ヴォイスだけでは通用しない豊かな表現を聞かせていた。声ということであれば、ベルファゴールを歌った北山辰彦は、天地に響きそうな力強さ。まさに悪魔的な声といえるだろう。しかし第2幕のカンディダに対する愛の苦しみを歌う声には偽りがなく、そういった愛の姿を登場させるあたりは、やはり作曲者のレスピーギがイタリア人ということなのだろうか。
また第1幕最後の喜怒哀楽乱れるアンサンブル・ピース、そしてオペラの終盤は、いずれも声の饗宴であり、ここにもイタリア・オペラの伝統に連なる音楽が垣間見られた。この声の芸術と詩的な味わい、伝統的なブッファのコミカルさと大編成の艷かで官能的なオーケストラが融合したのが《ベルファゴール》という作品だった。そして指揮の時任康文は、様々な性格の音楽が入り交じるスコアをバランスよくまとめていた。