五線紙のパンセ|その2)活動の現場で|鈴木輝昭

その2)活動の現場で

text by 鈴木輝昭(Teruaki Suzuki)

日本の合唱界を積極的に牽引して行くアマチュアによる合唱活動は、既存の作品を演奏するだけの歓びからさらに発展し、創り出し、プロデュースする総合的、組織的な営為へと進化していった。
或る団体の委嘱によって生み出され、初演された新作は聴衆の関心を獲得すると、時を経ずして他団体にも再演される道が拓ける。さらに出版に結びつけば作品の知名度は高まり、普及の勢いは加速度を増して行くことになる。
合唱の演奏会の一つの特色として、演奏会を聴く側の人間が実は合唱をする人達、即ち聴衆の多くが歌う側の人間だという事である。従って、新作初演に立ち会う聴衆は、その作品が自分達のレパートリーにもなる対象かどうか興味の眼差しを注いでいる。

鈴木輝昭作曲《じゅうにつき》
合唱:斐川西中学校合唱部/弦楽オーケストラ:桐朋学園大学弦楽器科有志/合唱指揮:浜崎香子/指揮:鈴木輝昭
(2012.3.27/津田ホール Point de Vue vol.6)

出版業界の動勢も同様である。現代作品として新たに作曲されたものは、採算が見合わないため滅多に出版される事がない。しかし合唱作品は再演率・普及率が高いばかりでなく、演奏媒体が団体であるが故に購入部数が多いことも相まって、新作オリジナルという括りのジャンルの中では、明らかに収益に繋がるセクションなのである。
合唱の世界の繁栄を支える構造的な仕組みを一つの観点から眺めたに過ぎないが、いろいろな立場の人間が関わるこうした構造的仕組みが円滑に機能して行く過程では、機能するが故の大きな歪みが生じてくる事も、冷静に見据えて行かなければならない。

円滑に機能する、とはどういう事だろうか。
其々の立場の人間があまり負荷を感じる事なく、互いの利を認識し合って快適に事業が進行して行く状況だろうか。
合唱団の一人ひとりは基本的に一般の社会人であるため、練習時間は厳しく制限される。加えて、音楽の専門教育を受けた人間は割合的に希少である。合唱活動は収入を得る場ではない故に、ライフワークとしての楽しみと満足度が求められる。そしてその先には、依頼を受けて書かれた、習得し易く、理解し易く、受け入れられ易く、普及し易い、所謂「売れる」作品が待っている。「売れる」作品は合唱人の間で流行歌のように取り上げられ、やがて流行が収まると、同じような傾向の別の作品に関心が移って行く。
こうしたルーティーンを繰り返して行くことが果たして発展と呼べるのだろうか、と立ち止まって考えなければならない。現象として観ると、音楽産業/大衆芸能の構図(莫大な経済的波及を抜きにすれば)と殆ど質を異にしないのではないか。そもそも日本の合唱音楽を語るとき、それは西洋クラシックの伝統音楽、近代日本以降の芸術思潮に根ざした、我が国固有の文化としての価値が前提だったはずではあるまいか。音楽芸術の本質的な在り方が、合唱の世界に改めて問われる時期に来ているように思う。

アマチュアの合唱活動の中には、極めて高い理念と純粋な志を持ち続けている団体が勿論存在している。プロ合唱と肩を並べるほどの技術的水準を誇る合唱団も次々と生まれて来ている。
委嘱活動が公共の機関から個々の合唱団体に少しずつ移行し、作品の数量は増えたものの芸術的・音楽的質の低下も余儀なくされた。斯様な不条理は、しかしながら受け皿としての合唱団や演奏団体、それを取り巻く側の事情によってだけ現れてくるものではない。寧ろそれは問題の一部に過ぎず、提言するべき最も重要な対象は、依頼に応える側の作曲家のスタンスであろうと考える。

三善晃作曲《変化嘆詠》
合唱:松原混声合唱団/尺八:坂田梁山/鼓:高橋明邦・多田恵子/打楽器:齋藤綾乃/十七絃:花岡操聖/指揮:清水敬一
(2016.4.28/東京文化会館小ホール Point de Vue vol.10)

社会への浸透の度合いが強い合唱界の特徴は、作曲家の活動の仕方にもそのまま反映する。即ち、これまでの問題提起は作曲する側にも同様に当てはまる。
委嘱と再演がある程度定着している合唱の領域は、作曲家にとって必要とされる分野であり、アイデンティティーの可能性を追求し得る魅力的な場のはずである。しかしながら一方では、純音楽の作曲で収入に結びつく数少ない対象でもあるため、需要に対して内容の如何に拘らず甘んじてそれを受け入れる傾向が強い。その結果生み出されたものが真に純音楽たるべき作品としての価値を誇れるものか、という事を改めて問い直さなければならない。アマチュアの合唱活動を取り巻く事情、と先に述べたが、その事情の渦中にまさしく作曲家、加えて指揮者も含まれているのである。
作曲家は環境に媚びない厳しい姿勢を示さなければならない。創造する文化の発信基地がアマチュアに移行したのならば、そこでこそ先達の偉業に恥じない芸術志向を実現するべきであろう。そこには創造に携わる者の責任と個の意識、音楽に貫かれる作家としてのポリシーと倫理観が問われるのである。また、指揮者には本質的な音楽を見極める優れた価値観と強い信念が求められる。

創造とは創(きず)つくこと、と師 三善晃は語っていた。円滑に機能する快適な環境からだけでは時代を切り拓く音楽は生まれて来ない。
合唱の世界の隆盛と繁栄は輝かしいことである。その営為と成長の影で起こり得る価値観の喪失を、求める者、応える者の両者の意識の覚醒によって認識し、より良い方向へと導かれて行くことを次世代に期待したい。

★公演情報
2017年3月30日(木) 19時開演 浜離宮朝日ホール
《Point de Vue(視座) 第11回演奏会》
土田英介ほか5人の作曲家の新作室内楽。鈴木輝昭合唱作品《とおく》及び《遠野幻燈》
招聘団体:出雲市立第一中学校合唱部
info_point_de_vue@yahoo.co.jp

CD:『鈴木輝昭 合唱の地平Ⅳ』(NARD-5052)
日本アコースティックレコーズより2017年6月21日リリース予定。
収録曲/無伴奏同声合唱のための《Agnus Dei》、女声合唱とピアノのための《内部への月影》、混声合唱とピアノのための《宇宙天》、同声合唱とピアノのための《とおく》、2群の童声合唱とパーカッションのための詩曲《遠野幻燈》

楽譜新刊:
《内部への月影〜女声合唱とピアノための〜》(全音楽譜出版社)萩原朔太郎:詩/鈴木輝昭:曲
<曲目>Ⅰ.内部への月影/Ⅱ.蒼ざめた馬/Ⅲ.夢
 委嘱・初演:福島県立安積黎明高等学校合唱団
 http://shop.zen-on.co.jp/p/719142

《スピリチュエル Ⅱ 》~チェロとピアノのための~(音楽の友社)
 http://www.ongakunotomo.co.jp/catalog/detail.php?code=491557

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鈴木輝昭(Teruaki Suzuki)
1958年 仙台生まれ。桐朋学園大学作曲科を経て同大学研究科を修了。三善晃氏に師事。第46回(室内楽)および第51回(管弦楽)日本音楽コンクールにおいて、第1位、2位を受賞。1984年、日本交響楽振興財団第7回作曲賞。1985年および1987年旧西ドイツのハンバッハ賞国際作曲コンクール、管弦楽、室内楽両部門において、それぞれ1位を受賞。以後、管弦楽作品がヨーロッパ各地で演奏、放送される。
1988年、仙台において、オペラ「双子の星」(宮澤賢治原作)を初演。1990年、第16回民音現代作曲音楽祭の委嘱による、二群の混声合唱とオーケストラのための「ヒュムノス」が初演される。1991年、村松賞受賞。1994年、演奏・作曲家集団〈アール・レスピラン〉同人として、第12回中島健蔵音楽賞を受賞。2001年、宮城県芸術選奨受賞。日本作曲家協議会、同人アール・レスピラン等に所属。2007年より、邦人室内楽作品による公演〈Point de Vue 〉(視座)を主催。合唱作品の多くが出版、CDリリースされている。桐朋学園大学音楽学部教授。東京藝術大学作曲科講師。