河村 尚子 ピアノ・リサイタル|藤原聡

河村 尚子 ピアノ・リサイタル

2017年1月13日 ヤマハホール
Reviewed by 藤原聡( Satoshi Fujiwara)
Photos by Ayumi Kakamu/写真提供:ヤマハホール

<曲目>
武満徹:雨の樹素描Ⅱ『オリヴィエ・メシアンの追悼に』
D・スカルラッティ:練習曲集より ソナタ 変ホ長調 K.253/ソナタ ヘ長調 K.17/ソナタ イ短調 K.3
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
ショパン:24の前奏曲 Op.28
(アンコール)
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第12番 K.332~第2楽章

 

河村自身がプログラムに書いているように、当夜はヤマハホールでの3年振りとなるリサイタル。まずこの日のプログラムで注目されるのはベートーヴェンのソナタだろう。ここでも彼女自身の言を借りれば、「長年あまり近づけなかったベートーヴェンのソナタ」「近年、子を持つ母ともなり、良く言えば少し逞しく、悪く言えば厚かましく(!?)なったせいか、そのベートーヴェンのしつこいほどにエッジの効いた音楽に共感できるようになってきました」。そのベートーヴェンのソナタから『第32番』を前半の最後に置き、後半にはショパンの『24の前奏曲』。前半のベートーヴェンの前には武満とスカルラッティという意欲的なプログラムである。これは楽しみ。

1曲目、当初の予定では武満が弾かれるはずであったが順序が逆となり、スカルラッティが置かれる。これはまさにモダンピアノの特性をフルに活かし切った演奏と言うべきであろう。軽やかなタッチでカラッと軽快に弾く、と言うよりはペダルをも駆使して響きを滲ませる箇所は滲ませ、と良い意味でダイナミックかつ濃厚なスカルラッティだった感。もちろん流れは損なわれない。ピアノで弾かれたスカルラッティと言えば誰もがホロヴィッツを思い出すだろうが、あれに勝るとも劣らない魅力ある演奏。彼女のスカルラッティをもっと聴いてみたいと思わせる。

そして武満。ここでは河村の響きに対する感覚の鋭敏さが如実にその音に反映され、聴き手はそれこそ全身が耳となる。但しユニークなのは、日本人が演奏する武満演奏は往々にしてその無時間性・非分節化といった側面が感じられることが多いのだが、ここでの河村の演奏は敢えて言えば「動的」に感じられたことだろう(ピーター・ゼルキンの弾く武満を思い出そう)。武満の音楽が動的ではない、ということではなく(この曲もソナタ形式で書かれている)、その内的論理が西欧人とは自ずと異なると思うのだが、ここでは作曲者晩年の楽曲ということもあるのか、その佇まいは時間的指向性を感じさせる。

ベートーヴェンはとにかく気合い十分である。第1楽章のテンポ自体は標準的なものだが、その響きの重量感のためかいささか遅く聴こえる。この演奏もユニークで、その音楽には勢いと前のめりの運動感が非常に強く、全てのフレースがどんどん繋がって行くかのような印象をもたらす。それは勿体ぶった深刻さ、というものとは全く異なり、まるで何かに憑かれたかのような演奏ぶりだった、と言っても過言ではない。第2楽章のテンポは若干速めだろうか。ここでは聴き手がこの曲のイメージとして持つだろう「達観したような清澄さ」というよりも、もっと現世的な直裁さを感じさせる演奏を聴かせる。ここでも変奏毎の繋がりが非常に見事だった。個人的にはもう少し力の抜けた演奏が好みではあるが、この演奏は一般的なイメージに沿った形で形容すれば「中期的な」ベートーヴェン演奏だった、と言うべきか。

休憩を挟んだ後にはショパン。これは、シューマンがショパンの音楽を形容したあの有名な「花の陰の大砲」という言葉を思い出させるような繊細さと剛直さを2つながらに併せ持った演奏だったが、ここでも「繋がり」が素晴らしい。平行短調曲への移行はほぼ間を空けず弾く。つまり、2曲をワンペアとして2×12としての『24の前奏曲』。文字で書けば普通なのかも知れないが、それが非常に意識されていたように聴こえた(その流れで言うならば、真ん中の12曲目が終わった後の間は特に長かった)。それゆえ、聴き手はその音楽のポエジーと共にそういった内的関連性をもぼんやりと意識に乗せながら聴くことになるのが心地よい。
余談めくが、このリサイタルの4日後に同じ『24の前奏曲』をチョ・ソンジンの演奏でも聴いたのだが、誤解を恐れずに書けばあちらがよりスタティックで沈滞するようなものだったのに対し、河村はより動的である。どちらが良いという話ではないが、こういった素晴らしい演奏を続けて聴くことができたのは大きな喜びである。

アンコールにはモーツァルト。これもロココ風というよりはもっと実在的な音楽である。河村の音楽の良さはここにあると思うのだ。

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