folios critiques ⑨|読売交響楽団とシルバン・カンブルラン|船山隆

folios critiques 

読売交響楽団とシルバン・カンブルラン

text by 船山隆( Takashi Funayama
photo by 林喜代種( Kiyotane Hayashi

みなさんは日本のプロフェッショナルなオーケストラはいくつくらい存在すると思いますか。
『日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑(日本オーケストラ連盟出版)』によれば、正会員で25団体の名前が挙げられ、その所在地は北は札幌から南は福岡まで及んでいる。この25団体はそれぞれ困難な台所事情をかかえているものの、毎回大変意欲的なプログラムで演奏会を開催している。欧米のプロフェッショナル・オーケストラ界に比べて決して遜色がないように思われる。音楽家はそれぞれの好みと事情から自らのオーケストラを選んでいると思う。あなたはどのオーケストラのファンですか。

私自身はいくつかの理由でやはり親しいオーケストラの存在がある。
まず最近は実家のある山形市の山形交響楽団を現地のテレサホールで聴いているが、この楽団は、昔は「ガタ響(ガタガタいうだけだというところからつけられた悪口)」、長年にわたる飯森範親による指導でなかなか立派なオーケストラに成長している。
NHK交響楽団は日本の最高レベルのオケでずいぶん若いときからよく定期を聴いてきた。なかでも藝大在職最後の頃にBSのNHK交響楽団の生中継に何度もおつきあいし、左手のバルコニーのうえで休憩時間の15分間のおしゃべりを担当したこともある。私事にわたるが私はNHK交響楽団から機関誌の編集顧問およびBSの解説によって有馬賞を受賞するという栄誉にも浴している。
日本フィル交響楽団とは指揮者の渡邉暁雄先生とのおつきあいから始まり、日フィルの理事に就任したが、オーケストラに対してほとんど何の貢献もできないまま短い期間で理事を辞任することになった。しかし渡邉暁雄賞の創設や選考にあたっては多少はお役にたつことがあったかもしれない。

さて今回のテーマである読売日本交響楽団についてお話ししてみたい。
読響が創設されたのは1962年のことであった。新しく創設された東京文化会館のホールで翌年から定期公演が開始され、学生だった私たちはよくその演奏会にもぐり込んだ。音楽評論家・音楽ジャーナリストとして当時活躍されていた向坂正久氏が、私が音楽雑誌に書いた文章に目をつけてくださり、何とパンフレットに毎回、「定期公演の窓」「作家覚書」などのタイトルで連載を依頼してくださった。
私はオーケストラの入場券を手にすることは珍しかったので、その当時の読響からの招待券は非常に貴重なものであった。私は夕方、藝大の図書館に行って当夜の演奏曲目のスコアを借り出し、そのスコアを手に音楽会を聴いたのである。
話は横道にそれるがスコアを手にして音楽会を聴くということだと、どうしても木村重信という音楽批評家を思い出す。木村さんはかなりの巨体であったが必ずぶ厚いスコアを手にされて音楽を聴きはじめ、聴きはじめるとすぐ居眠りをされることが常であった。

さて、それから半世紀経ってごく最近読売交響楽団の演奏会にしばしば出かけることになった。ディティユー他のフランス音楽がプログラムにとりあげられるようになったのが直接のきっかけである。
現在の読響は2010年4月以来、シルバン・カンブルランというフランスの指揮者を音楽監督に迎えている。カンブルランは1948年、フランスのアミアンに生まれ、1981年から91年までブリュッセルのベルギー王立歌劇場の音楽監督を務めた。読響を2015年3月に12年ぶりの欧州公演へと導き、欧州各地で大成功を収めたらしい。昨年から読響の定期公演をのぞいて感じることは、このフランスの指揮者と読響がまさに蜜月時代に入っているということである。

カンブルランはすでに70歳近い老巨匠である。しかしこのマエストロは長い頭髪を後ろにまとめてサムライヘアーにし、長身と長い手を自在に使いながら実に的確に音楽の流れをつくりだしていく。
1月25日の名曲シリーズではデュカス、ドビュッシー、ショーソンといったフランス音楽の精華。私にとってはドビュッシーの《夜想曲》第3曲目〈シレーヌ〉の15名の女声合唱はいささか魅力に欠如しているように感じられた。それにパンフレットには合唱指揮者の名前が記入されていたけれどもステージでの紹介はなかった。
1月31日の566回定期演奏会はメシアンの最後の大曲《彼方の閃光 Éclairs sur l au delà》1曲のみのプログラム。メシアンという20世紀最高の作曲家の作品が日本の聴衆にどれぐらい知られているのか不明であるが、当日の公演は全席完売で何人か知り合いの人は切符が手に入らないと言ってぼやいていた。すばらしい感動的な演奏であった。第11楽章の〈キリスト、天国の栄光〉は弦楽合奏が中心となって天国の光輝に満ちた音楽で、弦楽合奏とトライアングルの響きが、上方に向かってのぼり高音域で消えるように終わる。メシアンにとって死は恐怖に満ちた世界ではなく安らぎと静けさの世界なのだろう。

さてこのメシアンの《彼方の閃光》は今年創立55周年の読響の一大プロジェクトへのプレリュードである。読響とカンブルランは、2017年11月にサントリーホールとびわ湖ホールで3回にわたってメシアンの唯一のオペラ《アッシジの聖フランチェスコ》に光をあてる。小澤征爾が東京カテドラルでこのオペラを演奏したのはいつのことだったろうか。あのときはメシアンのオペラに3台のオンド・マルトノが必要ということで、裏方はたいそう苦労したようだが、今回は藝大大学院で私の指導のもとで論文を書いた大矢素子さんとその先生のフランス人ともう1人の日本人がすでにスタンバイしているらしい。時は確実に流れているということかもしれない。

先日亡くなった作曲家兼指揮者のピエール・ブーレーズが、「アルバン・ベルクのオペラ《ヴォツェック》でオペラの歴史は終わった。埃にまみれたオペラ劇場を爆破せよ。」と叫んだことは有名である。しかしメシアンの《アッシジの聖フランチェスコ》はベルクのオペラに続く20世紀最大のオペラ作品なのである。
音楽ファンのかたがたはぜひ完売になる前にこの公演の入場券を予約されるようお勧めしたいと思う。

————————————————————–
船山隆(Takashi Funayama)
福島県郡山生まれ。東京藝大卒、パリ第8大学博士コース中退。1984年より東京藝大教授、2009年同名誉教授。2014年より郡山フロンティア大使。1985年『ストラヴィンスキー』でサントリー学芸賞受賞。1986年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1988年仏の芸術文化勲章シュヴァリエ受賞。1991年有馬賞受賞。東京の夏音楽祭、津山国際総合音楽祭、武満徹パリ響きの海音楽祭などの音楽監督をつとめる。日本フィルハーモニー交響楽団理事、サントリー音楽財団理事、京都賞選考委員、高松宮妃殿下世界文化賞選考委員を歴任。

関連評:
読売日本交響楽団 第566回 定期演奏会