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余白
text by 浅野剛( Go Asano)
株式会社東京コンサーツは、昭和44年、大阪万博を目前にして設立、作曲家の湯浅譲二、武満徹、池辺晋一郎や指揮者の岩城宏之などとともに、新しい音楽の創造に関わる多種にわたる制作およびマネージメントをして参りました。再来年には、設立50周年を迎えます。
弊社は2016年4月、西早稲田へ移転を致しました。
移転先は、「AVACOレコーディングスタジオ」が入ったビル、と言えばイメージが湧く方がいらっしゃるかと思います。弊社の所属アーティストも出入りをしてきた、老舗のレコーディングスタジオです。弊社の事務所はその階下、2階に構える事になりました。
引っ越しの大きなキッカケは、このビルの1階にある空き小屋でした。
がらんどうで、広さは約160平米。仕切りが無く(奧の張りぼてを除いて)、フラット。ぽつんと、ピアノが置いてあるこの空間は、当時、結婚式の披露宴会場として、その後は撮影スタジオとして使用されていた場所です。
この空き小屋の放置を見かねた弊社の社長は、
「ここを何か面白い事が出来るスペースにしませんか。」と社内に提案します。
社員の反応は、
「・・・まずは人をお招き出来るような空間に治しましょう。」というものでした。
暫く放置されていたこの空間は、古い空気が溜まり、壁の塗装や床面は劣化しておりました。それに加え、ランダムな残響、過剰な装飾・・・。
実際それは、予想以上の症状で唖然としましたが、同時に、この状況を打開するべく、努力する決意も固まりました。
作業の必須事項としては、天井に貼る吸音材、遮音カーテン、二重窓などの防音加工、塗装、ガラス面に被せる板、可動式反響板の設置、舞台明かり(スポットライト)の設置、椅子など備品の手配、でした。
見切り発車でスタートした改修ですが、考えれば考える程に増える課題のプレッシャーと限られた予算に挟まれ、作業は出来るだけ手作業で、物理的に不可能な高所作業、電気系統をプロの方にお任せし、他は知人、友人、好意的な演奏家とそのご家族(!)の絶大な協力を得て、作業を進めました。
出来の悪い子ほど可愛い、とは言い得て妙でございまして、修理を施していくと、手を加えるべき箇所を見つける嬉しさが湧いてきます。以前の持ち主のアイディアへの共感とその反対の感情の連続。取捨選択。
「なぜこの様に作ったのか、これは壊すのではなく、思い切って生かしてみよう」といった、新しく作る時には発想出来ないものと事が見えてくるようになります。
その後、不思議な事ですが、其処で話す言葉が綺麗に聴こえてくるようになりました。これは物理的な改善の効果というよりも、この場所に、徐々に愛着が湧いてきた私だけに発生した現象だと思いましたが、空間は人気(ひとけ)が復活すると、確実に雰囲気が改善されると実感しました。
稼働中の今も変化があります。その面白さは、ちょっと言葉にし難いです。当初、私の中で「折角ならば立派なホールを作りたい。」という理想があり、誰からも認められるような場所にする事に躍起になっておりましたが、作業を進める内に、このように思うようになります。
「響きの良いホールは他に幾らでもあり、設備が整ったスペースも沢山ある。その点で勝負をする意味は何処まであるのか。此処の場所に来た人が何をしたいと思うか、何が出来るかを考えて頂く事が重要であり、場所はそれに伴い、要不要を感じて自ずと変化していく。今は、来るべきその変化を反映出来る為の、『余白』を残しておく事も大切で、完全なものを目指す必要は無い。焦らず、これから、ここを行き来する人とイベントに一緒に作ってもらえば良い。」
その後の作業は、迷いが少なく、非常に捗(はかど)りました。
約2ヶ月の修繕を終えて、現在のTokyo Concerts Lab.が産まれました。
可動式座席の数は約110席、室内楽の公演、オーケストラ、合唱、ダンス等のリハーサルに程よい広さです。
Lab.の意味は、実験室です。
現代音楽を軸に活動をしてきた東京コンサーツが運営する、実験サロンという意味です。我々は現代音楽が本質的に持つ実験的精神を、文化発展の1つの要素として大切なものだと信じております。リハーサルやサロンコンサート等、様々な使用方法を通して、音楽のクオリティと世界観を、皆様が試行錯誤しながらブラッシュアップしていく事が出来る場所として、相応しい名前だと思い、この名前をつけました。
過去に披露宴会場だったこの空間は、大いにその余韻を残しながらも、「実験サロン」になっております。
まだまだ改善の余地がありそうなTokyo Concerts Lab.ですが、縁を頂いてこの場を利用していただく人々の力とともに、成長させていきたいと思っております。(http://tocon-lab.com)
そのTokyo Concerts Lab.で、5月に弊社の自主公演がございます。
出演は、黒田鈴尊。早稲田大学を卒業後、東京藝術大学に入学をして卒業、現在はプロの尺八奏者となった彼の独演会です。その音の重量感と切れ味の鋭さ、先進性は、海童道祖や横山勝也、フリージャズプレイヤーの故人阿部薫(※)を彷彿とさせる才能です。尺八を武器に、洋の東西と時代を問わず、根源的な音を吹きまくる、さすらいの演奏家。黒田鈴尊。以下、コンサートの概要です。皆様のお越しをお待ちしております。
浅野剛(Tokyo Concerts Lab. 企画)
公演情報
黒田鈴尊 独演会 II “Rei-sonic Theater(レイソニックシアター)” 尺八独奏による宇宙の歌
5月26日(金)
○昼公演 16:00開演
○夜公演 19:30開演
http://tocon-lab.com/event/170526
※阿部薫(あべ・かおる)
フリージャズのアルトサックスプレイヤー。
国内外の即興演奏家との共演の他、若松孝司監督『十三人連続暴行魔』に出演等、独特のサウンドで幅広く活躍を続けたが、1978年薬物の過剰摂取で中毒死する。