東京交響楽団 第647回定期演奏会|齋藤俊夫

%e6%9d%b1%e9%9f%bf東京交響楽団 第647回定期演奏会

2016123日 サントリーホール
Reviewed by 齋藤俊夫 (Toshio Saito)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
東京交響楽団
独奏チェロ:ヨハネス・モーザー(*)
指揮:ジョナサン・ノット

<曲目>
リヒャルト・ワーグナー:楽劇『トリスタンとイゾルデ』第1幕への前奏曲
アンリ・デュティーユ:チェロ協奏曲『遙かなる遠い国へ』(*)
(アンコール)J・S・バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番より、サラバンド(*)
ロベルト・シューマン:交響曲第2番ハ長調

 

現代日本音楽シーンに新風を吹き込んでいる東京交響楽団とジョナサン・ノット、今回のプログラムはワーグナー、デュティーユ、シューマンとかなり異色の選曲である。果たしてこの組み合わせでどのようなコンサートになるのかと興味津々で臨んだ。

そしてワーグナー『トリスタンとイゾルデ第一幕への前奏曲』の始まりのあの有名な「トリスタン和音」の部分の時点で筆者は身動きがとれなくなった。まさに魂を持っていかれてしまった。あまりにも透明なのだ。ワーグナーの演奏にありがちな音楽的過剰さや激情のほとばしりを避けた、あくまで理知的なアプローチなのだが、その澄み切った音楽には聖性とも言うべきものが宿っていた。そして激情的になるのを避けつつも、音楽によって愛と死という主題を見事に表現していた。

ワーグナーから続けて演奏されたデュティーユの『チェロ協奏曲』は、チェロのソロが主役であり、オーケストラは影のようにソロに付き従いそれを包み込むというアプローチであった。全曲を通じてソロがオーケストラに塗りつぶされることがまったくなく、モーザーの濁りのないチェロの音を存分に堪能できた。
しかしモーザーも素晴らしいが、またアンサンブルの精度が求められる室内楽的なオーケストラを完璧に制御したノットの采配の素晴らしさも特筆すべきであろう。「爆音」と言うような音楽とは対極にある、やはり理知的な、だがソロのカデンツァの激しい部分も十分に「かっこいい」と聴き惚れることのできる演奏であった。
アンコールのバッハでは瞑想的とも言える静かで純粋なモーザーの音楽に聴き入った。

そしてメインとなるシューマンの『交響曲第2番』であるが、これは筆者のこれまでのシューマン観を一変させる大変な演奏であった。筆者はこれまでこの作品はベートーヴェンを源とするドイツ・ロマン派の重々しい音楽だとばかり思っていたが、ノットの解釈は全く違う。なんと涼やかなことか!なんと爽やかな音楽であることか!
第1楽章のソステヌート・アッサイの暖かな音楽に続くアレグロ・マ・ノン・トロッポは爽やかに。第2楽章は童心に帰ったかのような楽しげに。第3楽章の始まりの短調でも陰鬱になることがなく、そして長調に転じてまた暖かく。第4楽章も筆者の想像するようなベートーヴェン的=ドイツ・ロマン派的な重厚な音楽とは程遠く、音を押し付けてきたりぶつけてきたりすることは全く無く、あくまで軽やかに吹き抜ける。曲の最後の和音のフェルマータも「ジャーン」と伸ばすことなく、「ジャン!」と短く切って終わる。
筆者個人の感覚であるが、今回のノットの解釈はベートーヴェンを源流としてシューマンを捉えるのではなく、同じ古典派でもモーツァルト、それも彼の『ピアノ協奏曲』に連なるものとしてシューマンを捉えたように思えた。
小林秀雄の言葉を借りるならば、まさに「モーツァルトのように疾走する」音楽なのだ。シューマンがこのような音楽となりうるのかと筆者は目から鱗の落ちる思いがし、そしてブラボーと叫んでいた。
草萌ゆる早春の音楽、あるいは青春の音楽に触れて若返ったような心地がした。

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