没後20年 武満徹の映画音楽|大河内文恵

%e6%ad%a6%e6%ba%80没後20年 武満徹の映画音楽

2016年1221日 オーチャードホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)

<演奏>
渡辺香津美(ギター)
coba(アコーディオン)
鈴木大介(ギター)
ヤヒロトモヒロ(パーカッション)

スペシャルゲスト:カルメン・マキ

<曲目>
「フォリオス」より第1曲
不良少年
伊豆の踊子
どですかでん
日本の青春
太平洋ひとりぼっち

(休憩)

Tribute to Toru
死んだ男の残したものは 作詞:谷川俊太郎 歌:カルメン・マキ
ホゼー・トレス
狂った果実
最後の審判
他人の顔
写楽

(アンコール)
小さな空

 

もし、いわゆる現代音楽の「武満徹」を想像してこのコンサートに足を運んだ人がいたとしたら、面食らったことだろう。鈴木の弾く『フォリオス』第1曲は聴き慣れた繊細なあの曲とどこか違って聞こえた。PAシステムでコントロールされているため、細かい音色の変化が聴き取りにくくなっているのだ。今日はクラシックのコンサートではないのだなと気づいた時にはもう、次の『不良少年』になだれ込み、4人の音楽が始まっていた。

つづく『伊豆の踊子』や『日本の青春』で、いかにも映画音楽っぽい、目の前でスクリーンに情景が広がる様子が見えるような音楽が展開されたのは、おそらくスピーカーから聞こえる音響が映画館のスピーカーから聞こえる音に似ていたからで、その点ではPAも悪くはない。というより、鈴木を除いた3人はいずれもクラシックの演奏家ではなく、MC(トーク)を挟みながら進行していくさまは、ジャズのライブやcobaのようなアーティストのコンサートでよくみられる光景である。そういう意味で、とくに前半は武満をダシにして4人のアーティストが自分たちの音楽を自在に展開しているかのような様相であった。

休憩後は渡辺とヤヒロの2人で武満トリビュートを1曲。ベースになっている渡辺の曲は武満作品とは似ても似つかないのだが、フレーズの終わりかたやフレーズ間をつなぐブリッジ部分に「おや?ここは武満?」と思わせる音の動きやコード(和声)進行が聴かれ、渡辺の武満作品への洞察の深さに目を見張った。

次の『死んだ男の残したものは』は、これまでさまざまな人による名演を聴いてきたが、そのいずれとも異なるものだった。渡辺がアコースティック・ギターをエレキギターに持ち替えて伴奏を担当し、前奏を弾き終わると、1番の歌詞の間はカルメン・マキの歌のみになる。彼女の歌は声を張り上げるでもなく、フレーズを盛り上げるでもなく、むしろ普段聞き慣れている演奏からしたら、切りつめすぎといえるほど音価も含めすべてがミニマムなのだが、心に迫ってくる。歌が上手いかどうかという問題をすでに超越し、こちらの心が揺さぶられる。武満の歌の懐の深さに改めて感じ入るとともに、この演奏によって見事に体現された「私は映画に音楽を付け加えるというより、映画から音を削るということの方を大事に考えている」(武満徹著『映像から音を削る』より)という武満の矜持が思い起こされた。

MCでは渡辺、coba、鈴木の3人がそれぞれ「武満と自分」との思い出話を語るのだが、そのいずれもが感慨深く、彼らの武満への想いに胸が熱くなった。その想いが具体的に音となって感じられたのが、後半3曲であった。メロディー・メーカーとしての武満の秀逸さを感じさせた『最後の審判』、聴いているうちに自然と体がリズムをとってしまう『他人の顔』。演奏している4人がとにかく楽しそうで、こちらまでついのせられてしまった『写楽』では、最後の音が終わる前から拍手が始まり、観客の盛り上がりが最高潮に。クラシックの演奏会では、曲が終わらないうちに拍手をするのは御法度だが、こういうコンサートでは終わりが待ちきれずに拍手が始まってしまうのは、むしろ成功の証である。

アンコールでは彼らが大好きだという『小さな空』が演奏された。最後にあたたかい気持ちを持って帰ってねという彼らの心遣いが、このコンサート自体の象徴のように思えた。

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