ラン・ラン ピアノ・リサイタル|藤原聡

%e3%82%89%e3%82%93%e3%82%89%e3%82%93ラン・ラン ピアノ・リサイタル

2016年12月6日 横浜みなとみらいホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影は12/4@サントリーホール)

<曲目>
チャイコフススキー:『四季』 op.37b
ショパン:スケルツォ第1番 ロ短調 op.20
同:第2番 変ロ短調 op.31
同:第3番 嬰ハ短調 op.39
同:第4番 ホ長調 op.54
(アンコール)
アルベニス:『スペイン舞曲集』~アストゥリアス
ファリャ:火祭りの踊り
ショパン:ワルツ 変ホ長調 op.18『華麗なる大円舞曲』

 

ラン・ランの実演には2009年、メータ&ウィーン・フィル来日時のソリストとしてショパンの協奏曲第1番を聴いて以来接する。詳細は下記に譲るが、様々なことを考えさせられた一夜であった。

チャイコフスキーの『四季』全曲をリサイタルのプログラムに乗せることも意外に珍しいと思われるのだが、この曲でラン・ランが聴かせたピアノの音は竹を割ったように明快でクリアであり、そういう意味での生理的快感度は高い。しかし、音色とその表現はいささか変化に乏しく、12曲を似たような雰囲気で処理してしまった印象。気分が変わらない。この曲は良くも悪くも高密度に書かれてはおらず、1年12ヶ月のロシア的な詩情を絵葉書的な情緒の元にまとめ上げた小品集。であるから、全曲を同じように演奏してしまうと退屈なものになりがちなのだが、筆者にとっては当夜の演奏はそれに近い。

後半はショパンのスケルツォ。ラン・ランがピアノを弾く姿は――いや、それだけではなくステージマナー全般に渡り――常に完全に脱力しており、無駄な力が一切体から追放されているように思う。であるから、あのしなやかな打鍵からは想像も付かない強靭かつ正確なタッチが繰り出されるのだろう。そういう意味ではラン・ランは確かに凄い。しかし、これを「ショパン作曲の」スケルツォの演奏として見た場合はどうか。単刀直入に記せば、ここでも全4曲の性格の描き分けと言う意味ではどれも似た容貌の元に処理されており、スポーツ的に極端な快速テンポは細部が極めて曖昧になる(ラン・ランと言えども!)。確かに圧倒的なパフォーマンスではあった。しかし、誤解を恐れずに書くならば「ショパンの」スケルツォ、ではなくて「ラン・ランの」スケルツォ、であろう。そして、筆者が聴きたいのは前者なのだった。

但し、これは考え方の問題ではある。例えばホロヴィッツのショパンを指して「ショパンの本質とはずれている」と指摘する人は今やいないだろうが、あれは20世紀的な原典尊重主義がクラシック演奏において幅を利かせて来たことに対しての19世紀的ロマンティスト/ヴィルトゥオーゾ(つまりカウンター)という側面があった。むろんラン・ランはホロヴィッツのように音自体をアレンジして変更はしないが、行き過ぎた原典主義に対して演奏家の復権を高らかに謳っているという見立てはある。あるいはアジア圏のクラシック演奏家の持つ自由さ(むしろこれか)。「煮詰まった」クラシック音楽という古典芸能に対し、辺境から規格外の活力を注入する救世主。ちなみに日本も言うまでもなくアジアであるが、中国の演奏家の方がより自由であるように思う(ユジャ・ワン然り)。クラシック音楽の受容において、日本人は「形」を律儀に踏襲する中で自ずから日本人的な特質・美質が現れてくるように思えるが、中国の演奏家の場合にはより大胆で自由、個の主張が強いように思える(ではその違いは何に由来するのか、の考察は筆者の手に余る)。

終演後はまるでアイドル歌手と思われんばかりの喝采(口笛あり)にスタンディング・オヴェイション。花束やプレゼントをステージに群がって渡しに行くファン。ラン・ランは可能な限りその全員にていねいに対応していたが、こういうところにもその人気の一端が伺い知れる。もちろんアンコールが弾かれた(本稿冒頭に記載)。アルベニスはラン・ランがアリシア・デ・ラローチャのファンであることから入れたものだろう、非常にチャーミングな演奏であったが、ショパンは筆者には「グロテスク」とすら思えた。雑な強弱、強引なテンポ、その一本調子さ…。

会場を見渡せば、普段はクラシックのコンサートには来ないであろう人々がかなりの割合で来ていたのは容易に理解できる(こういう人々が他のクラシックコンサートに行く可能性はあまりないように思えるが…。昔『のだめカンタービレ』というクラシック音楽を題材にした漫画が大ヒットしたが、これに熱狂した人々はクラシックファンになったのだろうか?)。ラン・ランと言う存在自体がクラシック音楽界を越えた時代のアイコンとなっているし、小難しいことは抜きにしてその圧倒的なパフォーマンスを楽しむ、と言う意味ではこの上ない一夜。しかし、これは「クラシック音楽」なのか? という問いは、筆者の脳裏に浮上しては消える。

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