京響プレミアム 岸田繁「交響曲第一番」初演|能登原由美

%e4%ba%ac%e9%9f%bf京響プレミアム 岸田繁「交響曲第一番」初演 

2016年12月4日 ロームシアター京都 メインホール 
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara) 

<演奏>
指揮:広上淳一
管弦楽:京都市交響楽団

<曲目>
岸田繁作曲:Quruliの主題による狂詩曲
I.幻想曲 II. 名も無き作曲家の少年 III. 無垢な軍隊 IV. 京都音楽博覧会のためのカヴァティーナ

岸田繁作曲:交響曲第一番
第一楽章 第二楽章 第三楽章 第四楽章 第五楽章

 

音楽のモチーフに溢れる人なのだろう。人気ロックバンド、くるりのボーカリスト兼ギタリストの岸田繁だ。ジャンルは問題ではない。浮かび上がるモチーフをいかに楽曲として仕立てていくかで「ジャンル」は後からついてくるのだから。その証拠に、このほど「クラシック」のスタイルで《交響曲第一番》を完成させた。

新作を委嘱したのは京都市交響楽団。これまでの岸田の音楽を聴いて、オーケストラ作品でも良いものが生み出せると確信したという。もちろん、そこには停滞気味のオーケストラ音楽界に新風を吹き込みたいという楽団側の思惑もあっただろう。ただし、単に新しい聴衆層の獲得だけに終始した企画なら何ら珍しくはない。当然ながら新しい音楽の「創造の場」となることを目指しただろうし、実際、こちらもそれを期待する。

公演は二部構成。第一部は《Quruliの主題による狂詩曲》。くるりの楽曲のメロディを、四つの楽章からなるオーケストラ作品としてまとめたものという。楽章ごとにサブ・タイトルをもつ。くるりの楽曲を知らない者にとっては、それらのサブ・タイトルと個々の楽章との結びつきは、実際に聞こえてくる音でしか感じ取ることができない。単なるメドレーにしか聞こえなければ退屈するところだ。

残念ながら、最初の二つの楽章についてはその感が拭えなかった。だが、残りの二つの楽章は少し印象が異なる。つまり、〈無垢な軍隊〉というタイトルをもつ第三楽章。暗示的なタイトルだが、音楽にも緊張感があり強度がある。逆に第四楽章は、岸田自身のアカペラによる《宿はなし》で始まるとともに、ノスタルジックな情景が緩やかに広がっていく。二つの色ある世界を楽しむことができた。

第二部はメーンとなる《交響曲第一番》。五つの楽章からなり一時間近くに及ぶ大曲だ。解説によれば、第一、第五楽章は「交響的」、中間の三つの楽章は「舞曲・スケルツォ的楽章」という。だが、第一楽章を聞いた時点で、「伝統的な交響曲」をどこかに期待していた私の聴き方は間違っていると感じた。つまり、古典的な交響曲のように、あるモチーフを展開させ相互に意味付けながら全体を構成していく音楽のスタイルではない。岸田が繰り出す多種多様なモチーフは、全体を構成するための「部分」ではなく、あくまで自律し、その総和が「結果的に」全体を形作っているのだ。例えば、第一楽章では日本的叙情を誘う旋律、第二楽章では移り気なおどけたフレーズ、第三楽章では哀愁漂うロシア民謡風の旋律、第四楽章では五音音階による土着的なフレーズなど、各楽章には魅惑的なフレーズがちりばめられている。それらは相互に関連しあうことで意味付けられるのではなく、おのおのが独自に光を放っている。つまり、ここで大切なのは、「今鳴り響く音」なのである。

なお、オーケストレーションについては物足りなさを感じた。旋律線の多様さに比べると変化に乏しく、何よりも音楽が薄い。曲終盤の盛り上がりなど、つねに熱い指揮ぶりをみせる広上淳一が文字通り身体を張って表現しても、当の音楽が全くついてこない。各楽器の特性などオーケストラに関する専門的知識は、広上や編曲家(三浦秀秋)の助言なども得ていたようだが、むしろ助言にとどまらず、共同作業、あるいは第三者が全面的に行なう形でも良いのではないか。私には、作品がまだ十分に磨かれていないという印象が残った。

さて、この度の試みは、新しい音楽の創造へと繋がるだろうか。単なるポップスとクラシックの表面的融合を目指すのであれば、あまり期待できそうもない。あるいは、これまでクラシックとは無縁だった人びとを呼び込むといった安易な期待などはしない方が良いだろう。逆に、クラシック音楽の様式美に慣れた人びとに何か新しい発想を与えてくれるかもしれない。少なくともそんな淡い期待を抱くことができた。