アマンディーヌ・ベイエ&リ・インコーニティ “デサフィナード”|佐伯ふみ
アマンディーヌ・ベイエ&リ・インコーニティ
“デサフィナード”
2016年12月8日 王子ホール
Reviewed by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by藤本史昭/写真提供:王子ホール
<演奏>
アマンディーヌ・ベイエ(Vn)
リ・インコーニティ
アルバ・ロカ(Vn)
マルタ・パラモ(Vn & Vla)
バルドメーロ・バルシエーラ(Viola da Gamba)
フランチェスコ・ロマーノ(Theorbo)
アンナ・フォンターナ(Cemb & Org)
<曲目>
パッヘルベル:『音楽の楽しみ』(1695)より「パルティータ」第5番ハ長調
ビーバー:『ロザリオのソナタ』より第10番「磔刑」ト短調
パッヘルベル:『音楽の楽しみ』より「パルティータ」第2番ハ短調
ビーバー:『ロザリオのソナタ』より第7番「むち打たれ」ヘ長調
パッヘルベル:「4声のパルティータ」ト長調
ビーバー:『ロザリオのソナタ』より「パッサカリア」ト短調
パッヘルベル:『音楽の楽しみ』より「パルティータ」第4番ホ短調
パッヘルベル:『カノンとジーグ』ニ長調
2014年に初来日して好評を博した古楽アンサンブル。今回の曲目はパッヘルベルとビーバー! なんという凝ったプログラム。これは聴き逃せないと楽しみにして出かけた。
結果は……期待を遙かに上回る面白さ。
よく知られた曲といえば、締めの<パッヘルベルのカノン>とビーバーの<パッサカリア>くらいしかないのだが、曲想や編成の違いを楽しめるよううまく配列されていて、飽きさせない(むしろ最後の<カノン>はなくてもいいかもと思えるくらいの、お腹いっぱいの充実度だった)。そして唯一のソロ、『パッサカリア』はベイエのすごさを改めて見せつける名演。最近なぜか立て続けに違う奏者でこの曲を聴く機会に恵まれて、ベイエで4人目なのだが、その中でいちばんと言いたい素晴らしさだった。
客席の集中力の高さや、静かだが熱い喝采も、とても心地よい。こうした演奏会を実現できるホールの見識にも改めて感心した。
アマンディーヌ・ベイエは古楽研究のメッカ、スイスのバーゼル・スコラ・カントルム(SCB)に学んだ、フランスのバロック・ヴァイオリン奏者。現在は師のキアラ・バンキーニの後任としてSCBで教えている。リ・インコーニティは、ベイエが2006年に結成し音楽監督を務める古楽アンサンブルで、「響きの実験、新しいレパートリーの探求、“古典”の再発見など、すべての“知られていない”ものに対する興味」(プログラムより)をモットーに、ヨーロッパ各地の古楽音楽祭などで活躍している。ベイエのソロも含めて、ハルモニア・ムンディから優れた録音がいろいろ出ている。
コンサートのタイトルに掲げられたデサフィナード(Desafinado)は、ポルトガル語で「調子外れ」という意味だそうだが、そのイタリア語がスコルダトゥーラ(Scordatura)、すなわち「変則調弦」。たとえば開幕のパッヘルベル『パルティータ第5番』では、通常の調弦である「G-D-A-E」を、「↑C-↑G-↑C-↑F」(↑は、元の音から音程を上げるという意味)に変えて奏する。わざわざ調弦を変えるのはいくつかの理由があるのだが、この公演の主目的は、開放弦で奏するときの、倍音をたくさん含んだ特有の豊かな響きを得たいということ。確かに、響きそのものがともかく心地よく、雄弁だった。「調子外れ」というイメージはまったくなし。まさに豊かで、人間くさく、手応えのある響き。
曲ごとに人数(編成)が変わるので、それぞれの楽器の違い、響きや、音楽の中での役割を味わえて面白かった。
不思議だったのは、鍵盤奏者が一曲の中でチェンバロとオルガン(ポジティフ)を自在に使い分けて演奏していること。筆者の席からは楽器がよく見えず、奏者が二つの楽器を往復しているような様子もなくて、一体どうなっているのかと興味津々で聴いた。終演後、舞台に寄って確認してみると、なんと、オルガンの上にチェンバロが載せられている。これならば速いスピードで上下の鍵盤を行き来することも簡単。響きは犠牲になりそうなものだけれど、柔らかでとても美しい響きだった。この二つの鍵盤楽器の多彩な使い方も、演奏会全体の大きな魅力になっていたと思う。