ウィーン便り|クリスマスから年末年始にかけて|佐野旭司
クリスマスから年末年始にかけて
text & photos by佐野旭司 (Akitsugu Sano)
クリスマスと年末年始で賑わっていたウィーンも、最近になってようやく落ち着いてきた。
前回はクリスマス前の街の様子について書いたが、こちらでは11月中頃からあちこちでクリスマスマーケットが開かれている。中でも市庁舎の広場やマリアテレジア広場、カールス広場、シェーンブルンの入り口などは特に規模が大きい。クリスマスマーケットでは大体どこでもお酒やお菓子、陶器や聖母子の彫刻などの伝統工芸品、クリスマスキャンドルなどの装飾品、他の地域の食べ物などを売っている。
中でもグリューワインやレープクーヘンは特に定番である。グリューワインは日本でもおなじみかもしれないが、温めたワインにオレンジピールなどの香辛料や砂糖を加えたもので、寒い夜に飲むと体が温まる。(それどころか1杯の量が多いので、むしろ酔いを醒ますのも大変だが。)
レープクーヘンはクッキーの一種だが、甘さは控えめで食感は柔らかい。このお菓子もあちこちで見かける。
ところで12月にはウィーン以外のクリスマスマーケットを見る機会があった。12月10日には奨学金の機関が開催するエクスカーションに参加し、ハイリゲンクロイツ、バーデン、コッティングブルンを見て回った。いずれもウィーン近郊の小さな街で、綺麗な街並みとのどかな雰囲気が魅力的である。
中でもハイリゲンクロイツは12世紀に造られた大きな修道院で有名で、この修道院の庭でマーケットが開かれていた。木製の聖母子の彫刻はどこのクリスマスマーケットにもあるが、ここのは他で売っていたものよりも立派だった気がする。
そしてその翌週にはウィーン大学に留学している友人に誘われて、シュタイアーに行ってきた。こちらはウィーンから離れた、リンツに近い街で、中世を思わせる街並みが印象的である。この街では名所の1つであるランベルク城のそばでマーケットが開かれていた。
いずれの街のクリスマスマーケットもウィーンに比べると小規模だが、華やかな賑わいを見せるウィーンとは対照的に静かで落ち着いた雰囲気で、こちらもまた風情があって良い。
そしてクリスマス、12月24日と25日にはどこの教会でも大規模なミサが開かれるが、両日ともシュテファン大聖堂のミサを見学した。24日にはまず16時半から晩課があった。ここではモーツァルトの《ヴェスペレ》が演奏され、各楽章の間で司祭の説教が入っていた。この曲は大学時代に合唱団で歌ったことがあったので聴いていて懐かしかった。また24日は夜遅くにもミサが行われ、特に深夜(0時~2時)には毎年盛大に行われるらしいが、この日は風邪を引いていたため見物は見合わせた。
さらに25日には昼間にミサが開かれ、夕方には晩課が行われた。特に昼間のミサはPontifikalamt(司教盛式ミサ)と呼ばれるもので、高位の司祭(司教や大修道院長など)により取り仕切られるものらしい。前日やこの日の晩課と比べると壮大で、特に始まりと終わりでは大音響のオルガン伴奏による賛美歌の演奏に圧倒された。また通常文ではシューベルトのB-durのミサ曲を演奏していた。ミサなので各通常文の間で司祭の説教が入ったり賛美歌が歌われたりしたが、 クレドとサンクトゥスの間でバッハの《クリスマスオラトリオ》の<偉大なる主、力強き王よGroßer Herr, o starker König>が挿入されていたのが印象的だった。たぶん固有文の内容と関係があるのかもしれないが。
そして12月25日を過ぎてもお祭りのムードは続くが、特に大晦日はそれまでになく賑わっていた。至る所で花火が上がり、また多くの広場で野外ステージのコンサートが行われていた。特にシュテファン大聖堂前の広場の人混みは想像を絶するもので、まともに歩くのもひと苦労だった。大聖堂の前の駅はその人混みのため入口が閉鎖されており、結局1駅先のシュヴェーデンプラッツまで歩くことになった。この駅はリング通りの北側にあり、ドナウ運河にも近い。そして川の方向には大量の花火が上がっており、その凄まじさたるや、日本の夏の花火大会を乱雑にしたような感じだった。
また大晦日と元日は、J.シュトラウスのオペレッタ《こうもり》の上演やウィーン・フィルのニューイヤーコンサートなど、音楽のイベントも重要な風物詩といえる。
ただ大晦日には、ちょうどアン・デア・ウィーン劇場Theater an der Wienで《ドン・ジョヴァンニ》の公演があり、しかもウィーンで知り合った声楽家の人が出演していたので、そちらを観に行った。大晦日の公演ということもあって、カーテンコールの時には(まだ22時過ぎだったが)舞台から“Happy New Year!”と掛け声が上がっていた。
そして1月1日にはニューイヤーコンサートを聴きに行った。日本でも毎年NHKで放送され、去年までは自分も毎年観ていたが、今年はチケットが手に入ったので生で観ることができた。ただいかんせんウィーンフィルの、しかも世界的に有名なコンサートなのでチケット代は高く、立見席でも300ユーロだった。(国立歌劇場の立見席の値段よりも0が2つ多い…)
このコンサートを生で観られたことはもちろん貴重な経験だが、さらに驚いたことに、自分がNHKの放送に映っていたのである。終演後、日本でテレビを見ていた私の先輩から「立見席にいましたよね?」と言われた。実は立見席の天井にはカメラが設置してあって、舞台を撮っているかと思えば時々客席を向いていたので演奏のあいだ気になっていたが、どうやら本当に自分の姿が全国放送で流れていたらしい。
ところで日本では12月25日を過ぎると街中のクリスマスツリーは一気に片づけられ、代わりに門松が立つが、ウィーンでは1月初めまでクリスマスのムードで、クリスマスツリーも残っている。1月1日には新年のミサが行われ、私もアウグスティーナ教会のミサを見に行ったが、ここでは賛美歌“Stille Nacht” (きよしこの夜)が歌われていた。
これはたぶん教会暦と関係があるのだろう。1月6日は公現祭、つまりイエスが人々の前に初めて姿を現したことを記念する祭日で、主の公現を記念するミサが行われる。そしてその直後の日曜日(今年は1月8日)はイエスが洗礼を受けたことを記念する祝日である。公現祭を過ぎるとクリスマスツリーも徐々に姿を消し、洗礼の祝日の後にはほとんど見られなくなる。またこの日を境にケルントナー通りやグラーベンのイルミネーションも明かりが消えた。これは日本の多くの地域で門松が片づけられるのとちょうど同じくらいの時期だが、キリスト教文化の地域ではこの時までがクリスマスという認識なのだろう。もちろん日本でもクリスチャンの人にとっては同じ認識かも知れないが、国や地域としての文化の違いがこういう所にも見られるのは興味深かった。
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佐野旭司 (Akitsugu Sano)
東京都出身。青山学院大学文学部卒業、東京藝術大学大学院音楽研究科修士課程および博士後期課程修了。博士(音楽学)。マーラー、シェーンベルクを中心に世紀転換期ウィーンの音楽の研究を行う。東京藝術大学音楽学部教育研究助手、同非常勤講師を務め、現在東京藝術大学専門研究員およびオーストリア政府奨学生としてウィーンに留学中。