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朴葵姫ギターリサイタル|丘山万里子

1119%e6%9c%b4%e8%91%b5%e5%a7%ab%e8%a1%a8未来のマエストロ・シリーズ第5回
朴葵姫(パク・キュヒ)ギターリサイタル
〜スペインの記憶〜

20161119日 東京文化会館小ホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama
写真提供:コンサートイマジン 

<曲目>
J.S.バッハ:シャコンヌ
D・スカルラッティ:ソナタK.178、K.14、K.391
タレガ:グラン・ホタ
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ブローウェル:旅人のソナタ
  Ⅰ)アマゾニアの情景
  Ⅱ)偉大なる奥地
  Ⅲ)ダンス・フェスティバル
  Ⅳ)トッカータ・ノルデスチナ
アルベニス:
  「スペイン」作品165より第5曲<カタルーニャ奇想曲>
  「スペイン組曲」作品47より第3曲<セビリヤ>、第5曲<アストゥリアス(伝説)>
  「スペインの歌」作品232より第4曲<コルドバ>

(アンコール)
タレガ:アルハンブラの思い出

人間が「時」を測るのに作り出した砂時計を、私は美しいと思う。
ガラスの中、さらさらと落ち、積もってゆく「時」の形。

パク・キュヒのリサイタルの冒頭、バッハ『シャコンヌ』で、私はその砂時計の美しさ、を眼前で見る気持ちがした。
音の減衰。消えてゆく音の背を、「待って、待って」と追いかけてゆくようなギター。減衰にこそ音の命が宿る、そこに手を伸ばして少し前のめりになるパクのバッハ。積もってゆくバッハの清廉な形。
出だしの一鳴らしで、優しくて、まろやかな音だ、と思ったが、この人のこの音色は、リサイタルの全篇にあって、それは消えてゆく命、という音楽の本質への直覚と、それを包み込む感性とのやわらかな合一を、ずっと示し続けた。

パクは1985年生まれ、日本と韓国で育ち、3歳でギターを始めた。荘村清志、福田進一らに師事、東京音大からウィーン国立音大に学び、08年リヒテンシュタイン国際ギターコンクール、12年アルハンブラ国際ギターコンクールなど、主要ギターコンクールで優勝・受賞しているギター界の新星。
チケットは完売で満席。人気と期待のほどがうかがえる。

スカルラッティのソナタも透明感に溢れたものだったが、タレガの『グラン・ホタ』にはスペインの豊穣が。普通スペインというと想像する情熱とか激しさとは一味違うもう一つの貌を、多彩な技法と語法でたっぷり聴かせてくれる。
胴を叩いて大太鼓を混ぜたり、小太鼓、カスタネット、タンバリンなどさまざまな音がそこここから響いてきて、色とりどりの華やかなシーンを展開するのだが、その中にもずっと漂い続ける深い靄(もや)のようなもの。
私はそこにタレガが少年時代に接触したロマの影を感じた。
ロマがスペインに流れ込み、生まれたフラメンコ。そのカンテ(歌)は独特の哀愁を含んでいて(日本の民謡みたいな手触りの声)、初めて耳にした時、胸をぎゅっと掴まれる気がしたが、タレガの音楽にはそのカンテがある。
それをパクは抱きしめるように弾いた。

後半のブローウェルはキューバのギター作曲家。この曲の手ほどきを受けたそうだが、本人も譜面なしでは弾けないとかで、譜をめくりながらの演奏。現代風な音の扱いがピリッとしたアクセントになっている。中ではダンス・フェスティバルが出色。小気味良いリズムと色彩の乱舞。思わず夜を徹して鳴り響いていたキューバでの街祭りを思い出した。

アルベニスは、『アストゥリアス(伝説)』が素晴らしかった。
抒情の波がひたひた寄せるようなテーマのアラベスク。その反復の音型に、深い森の闇、小さな焚き火にあたりながら話に耳を傾ける、そんな情景が浮び(やっぱりロマを思ってしまう)、こちらもしんとした気持ちで音に心を澄ませる。中間部のユニゾンは余計な音がなく、とてもシンプルに歌われ、それをパクは嫋々と弾いた。ここでも、減衰を追うパクの指先が優しい。
テーマに戻ってそっと終わる、そのアルペジオの前の一音をパクは遠い星のように置いた。

トレモロの曲がなかったので、と微笑んで弾いたアンコールの『アルハンブラの思い出』は、ちょっと特別。言葉が見つからない。
路地裏に射し込む月の光がかすかに震えるようなトレモロ、哀と愛の調べ・・・なんて、言ったところで。
生(なま)を聴いていただく他ない。

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