モーツァルト『後宮からの逃走』|佐伯ふみ   

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モーツァルト『後宮からの逃走』

20161111日 日生劇場
Reviewed by 佐伯ふみ(Fumi Saeki
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)(撮影は11/12別キャスト公演)

〈指揮〉川瀬賢太郎
〈演出〉田尾下 哲
〈管弦楽〉読売日本交響楽団
〈合唱〉C.ヴィレッジシンガーズ

〈キャスト〉
太守セリム:宍戸 開
コンスタンツェ:森谷真理
ベルモンテ:鈴木 准
ブロンデ:鈴木玲奈
ペドリッロ:大槻孝志
オスミン:志村文彦

〈スタッフ〉
美術:幹子・S・マックアダムス
照明:沢田祐二
衣裳:前田文子

演出(田尾下哲)の創意工夫と、歌手たちの好演、そして川瀬賢太郎指揮の読売日本交響楽団のきびきびと躍動感のある演奏。若きモーツァルトのフレッシュな音楽を理屈抜きで楽しめる、優れた舞台だった。

まず背景の美術(幹子 S. マックアダムス)が、繊細な色合いと、シンプルかつ大胆な構図で美しい。日本のオペラ上演は、実のところ平面的な書割と舞台装置で今ひとつと感じさせられることが多いのだが、今回の公演は全体として、衣裳(前田文子)も含め、垢抜けた品格を感じさせるセンスが出色だった。奥行きと上下の空間もフルに使った立体的な設計もあいまって、聴衆を飽きさせなかった。小道具で特に目立ったのが、高低さまざまな椅子。合唱のメンバーがくるくると休みなく椅子を動かして、階段を作ったり、宴会の賑やかさを演出したり。合唱メンバーが歌いながらフル回転、初日にもかかわらず目立つ破綻もなくこなしていたのには感心した。

歌手たちも、膨大な量の日本語のセリフをこなし、歌に演技にと体当たりの力演だった。最も目覚ましかったのがコンスタンツェの森谷真理。存在感があり、声量、ドラマティックな表現力とも群を抜いて、喝采もひときわ大きかった。
ただ、役者ではないので発声もセリフまわしも苦しいところはあり、特に太守セリムを演じるのが俳優の宍戸開(さすがに声も立ち姿も立派で気品ある太守だった)とあって、対するコンスタンツェがいわゆる「噛みつき声」で力みを感じさせたのは致し方なし。本職の俳優に臆することなく対峙していたのは立派。
太守とコンスタンツェの演出で少し疑問だったのは、黙劇の形で2人が絡む動きが多く、太守からはともかくとして、コンスタンツェから太守に迫るような激しい身振りが再三見られたこと。貞操を固く守り通す、と誓うコンスタンツェのはずだが、この意図は?

他の主要キャスト、ベルモンテ、ブロンデ、ペドリッロは、モーツァルトらしいノーブルな美声。ベルモンテの鈴木准は舞台が進むにつれ調子を上げて、歌が伸びやかに自由になっていった。ペドリッロ(大槻孝志)も飄々としておかしみのある好演。志村文彦も豊かな声で出ずっぱりの活躍だが、低い音域がいささか苦しく、無法な乱暴者オスミンにしてはちょっとスマートだったかも。ブロンデの鈴木玲奈は、細やかなコントロールが効いた美しい歌唱。衣装がよく似合い、コケティッシュな可愛らしさはなかなかのもの。パワーの点でコンスタンツェに圧倒されがちだったのは惜しかった。しかしこれはコンスタンツェの方に敢えて少し注文をつけたい。森谷は見事な出来映えでこの舞台を牽引する存在だったことは確かだが、総じてドラマティック・ソプラノの趣で、他の主要キャスト3人とはいささか異質。さまざまな重唱は、他の歌手と声を溶け合わせアンサンブルの美しさを聞かせるために挿入されているのだから、ソロの曲とは違う魅力を見せてほしい。
もちろん、これは公演全体の水準の高さを損なうものではなく、歌手たちのこれからの活躍、そしてオペラ指揮者としての川瀬の今後にも期待は大である。

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(撮影日11/12キャスト)
コンスタンツェ:佐藤優子
ベルモンテ:金山京介
ブロンデ:湯浅ももこ
ペドリッロ:村上公太
オスミン:加藤宏隆