東京フィルハーモニー交響楽団第887回サントリー定期シリーズ|大河内文恵 

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2016年1020日 サントリーホール
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 上野隆文/写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団

<演奏>
アンドレア・バッティストーニ(指揮・演出)
イリス(ソプラノ):ラケーレ・スターニシ
チェーコ(バス):妻屋 秀和
大阪(テノール):フランチェスコ・アニーレ
京都(バリトン):町 英和
ディーア/芸者(ソプラノ):鷲尾 麻衣
行商人/くず拾い(テノール):伊達 英二
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平 恭平)
助演:佐古 麻由美、平栗 里美
東京フィルハーモニー交響楽団

<曲目>
マスカーニ:『イリス(あやめ)』(演奏会形式・字幕付)

 

10月1日に東京フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者に就任したバッティストーニの指揮・演出による『イリス』。16日のオーチャードホールに続いておこなわれた20日の演奏を聴いた。5月のオーチャード定期でバッティストーニ本人が予告していた肝いりの公演である。

コントラバスのソロから音楽が始まると、そこはもうマスカーニの世界。夢なら夢のままでいいから永遠に覚めないで欲しいと思ってしまうくらいの美しさが次々とあらわれる。ピアニシモから始まった音楽が徐々に盛り上がり、フォルテシモに到達したところで合唱「太陽の賛歌」が始まる。音域の広いこの曲を些かの破綻もなく歌い切った後にはブラヴォーが飛び、それに値する見事さであったが、合唱団の本当の実力が聴かれたのは、最後の最大音量の部分(楽譜にはフォルテが4つも並んでいる!)ではなく、弱音の箇所であった。音量は小さくともしっかりした和声感とイタリア語がはっきり聞き取れる発音というのは合唱団の真の実力を示していたと思う。

イリス役のスターニシは可憐で儚げな少女という雰囲気こそなかったものの、艶やかでよく伸びる高音を聴かせ、タイトルロールにふさわしい風格があった。大阪役のアニーレは典型的なイタリア・テノールの片鱗が見え隠れしつつも最初のうち声のコントロールに苦労していたが、徐々に声が出始めると、持ち前の美声を存分に使い、ヒロインを誘惑する色男にぴったりな華があった。大阪の調子が出るまで場を引っ張ったのは京都役の町であった。彼は以前にもこの役を歌ったことがあるからか、非常に落ち着いているだけでなく、進行がすっかり身体に入っていて、流れを引っ張る役割を果たしていた。もちろん、歌もイタリア語がしっかり聞こえるなかなかのものであったが、アニーレが調子をあげていくにつれて存在感が薄くなってしまったのが残念だった。

ソリストの中で出色の出来だったのはチェーコ役の妻屋であった。1幕最後のチェーコの嘆きのソロは娘を思う父親の悲哀が溢れていて、涙を誘った。このオペラの中心となるストーリーは、誘惑に惑わされて連れ去らされてしまった少女が純潔を守るために死を選ぶところにあるが、じつは隠れたテーマは父と娘という親子の心の葛藤ではないのかと思ってしまうほどであった。ほかに、出番は少なかったが、ディーアの鷲尾、行商人の伊達も短い間に存在感を示し、もっと聴きたいと思わせるものがあった。

ソリストは衣装こそドレスに燕尾服と舞台衣装ではなかったが、すべて暗譜し、オーケストラの手前での演技付きであり、オーケストラがピットにいるか舞台上にいるかの違いだけで、普通のオペラを観ているのとほとんど変わらない感覚であった。むしろ、ピットにいれておくには惜しいほどの、マスカーニの尋常ならざる美しく充実したオーケストラ部分が存分に味わえ、満足度が高かった。

敢えていえば、字幕でロザリオを数珠と訳している部分に疑問が残ったのと、合唱にやや大味なところが若干見られたこと、大阪役のアニーレが若造には見えず、京都の歌詞と矛盾するのが残念だったが、公演全体としてはこれ以上を望むのは贅沢というより、すでに贅沢と言えるほどの素晴らしさだった。それは、『イリス』のストーリーのメチャクチャさがまったく気にならなかったことからも裏付けられるだろう。

演奏会形式での上演、同じマスカーニの『カヴァレリア』に比べるとマイナーな演目であり、日本を舞台としているため「異国から見たありえない日本」になってしまう危険性がある上に、かなり無理のあるストーリー。それに加えて今回は、当初出演予定だったイリス役のアマリッリ・ニッツァからラケーレ・スターニシへの変更が公演まで1か月を切った時点で発表されるなど不安要素に事欠かない公演ではあったが、それらはすべて杞憂であった。この公演で、『イリス』の1つの完成形を示しただけでなく、演奏会形式でオペラを上演する際の最高の形を体現したバッティストーニ、畏るべしである。

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