注目の1枚|ベルリオーズ:幻想交響曲、ラモー:『イポリートとアリシー』組曲|藤原聡
ベルリオーズ:幻想交響曲、ラモー:『イポリートとアリシー』組曲
ダニエル・ハーディング(指揮)&スウェーデン放送交響楽団
text by 藤原聡( Satoshi Fujiwara)
録音:2015年10月7日~10日 ストックホルム、ベルワルドホール
レーベル:HARMONIA MUNDI
商品番号:HMC902244(輸入盤)
オープン価格
協奏曲や歌手のサポートアルバムは別として、現代作品を除けばハーディング&スウェーデン放送響が純然たるオーケストラ作品を録音したのはこれが初ではなかろうか。ハーディングは2007年からこのオケの音楽監督を務めているので、意図的なものかは分からぬが、まさに満を持して、ということになろう。
演奏は見事の一語。これを聴けばハーディングの手腕が即座に理解できると思うのだが、最初に収録されたラモーでは、スウェーデンのオケから何とも冴え冴えとした清冽な音を引き出していることに驚く。弦楽器はノンヴィブラートでピリオド様式的、完全にハーディングの色に染まっている。このオケからこれほどにシャープな音響が出て来るものか。いわゆるフランス・バロック的な愉悦感やある種の退廃とは無縁ながら、今後『イポリートとアリシー』組曲の演奏としては最右翼となるべき演奏。
そして、幻想交響曲はそれ以上によい。冒頭のヴァイオリンに付けられたデクレッシェンドやフェルマータのついた休符に実に細やかに反応する。これは序奏が終わって主部に入ってからも同様で、クレッシェンドやポコ・スフォルツァンドへの対応が非常にヴィヴィッドであり、そのためよく聴く演奏よりもエキセントリックに聴こえるほどだ。細やかな音響上のコントラストを徹底的に生かしている。これに追随するオケもまた素晴らしく、これは客演ではもしかすると難しいレヴェルかも知れない。
第2楽章ではコルネットを加えたバージョンだが、ラトルの演奏でもそうだったように敢えて全体に溶け込ませて扱われているのはセンスが良い。この演奏はvn対向配置で収録されているが、この第2楽章においてその効果は抜群である。2台のハープも左右に分けて設置されているようで、冒頭などは左右から交互に聴こえてくる。これでこそ作曲者の革新性が露になる。
第3楽章の設計も全く細やかかつ個性的であり、冒頭イングリッシュホルンのソロの途中から入ってくるvaのトレモロでは、リンフォルツァンドを強調して心理的効果を強めたり、とスタイリッシュな中にもそれだけに終わらない内容本位の工夫、冴えを見せる。
となればこの後の2つの楽章が悪いはずもない。第4楽章ではこころもち遅いテンポからのf→低弦による主題提示ではノンヴィブラートによる意図的なノッペリした音響とフレーズ全体の抑揚の付け方がまた気味悪い。全体に十分迫力がありながらも音響は開放されず緻密に抑制されており、それがこの楽章の主人公を外側から眺めているかのような客観性とアイロニーを感じさせる。これもまたベルリオーズの近代性の発露なのではないか。
終楽章では固定楽想のパロディ部分が実に下品に振り切っていてニヤリとさせられ、音楽が一旦静まってから徐々に息を吹き返してくる箇所の声部の交錯の鮮やかさなど(全体にこの演奏はトゥッティの明晰さと声部間のバランス構築が冴え渡る)、細部の面白さは枚挙に暇がないほど。それらが工夫のための工夫になっていないところがこの演奏の見事さであり、久々に(?)ハーディングの本領発揮と言うか、その実力をわれわれに披露してくれた感。通常CDではなくSACDでも出してくれないものでしょうか?パリ管弦楽団で録音したらどうなったのかな、という興味はありますが。