第11回Hakujuギター・フェスタ2016 武満徹へのオマージュ2 フィナーレ|大河内文恵
第11回Hakujuギター・フェスタ2016 武満徹へのオマージュ2 フィナーレ
2016年8月21日 Hakuju Hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 三好英輔/写真提供:Hakuju Hall
<演奏>
〜前半〜
ジェレミー・ジューヴ(ギター)
〜後半〜
藤木大地(カウンターテナー)
荘村清志(ギター)
福田進一(ギター)
<曲目>
〜前半:「ジェレミー・ジューヴ・ソロ」〜
デュプレッシー:夜想曲第1番 デュプレッシー:フェルメールの迷路(世界初演)
武満徹:森のなかで~ギターのための3つの小品
武満徹編:「ギターのための12の歌」より
イエスタデイ(J.レノン&P.マッカートニー)
オーバー・ザ・レインボー(H.アーレン)
失われた恋(J.コスマ)
デュプレッシー:ウラン・バートル
(アンコール)
エディット・ピアフ:愛の讃歌
~休憩~
〜後半:「武満SONGS」〜
<カウンターテナー:藤木大地/ギター:荘村清志>
武満徹:「SONGS」より
小さな空
ワルツ
素晴らしい悪女
死んだ男の残したものは
<ギター・デュオ>
「翼」
<カウンターテナー:藤木大地/ギター:福田進一>
武満徹:「SONGS」より
MI・YO・TA
三月のうた
さようなら
めぐり逢い
(アンコール)
武満徹:「SONGS」より
ぽつねん
明日ハ晴レカナ、曇リカナ
ジャン・ルノワール:聞かせてよ愛の言葉を
coba:ゴヤの夢想
真っ青な空に白い入道雲がもくもくと立ち昇る、これぞ夏の日。Hakuju Hallの中もアツかった。8月19日から3日間開かれた第11回Hakujuギター・フェスタの最終日は、名残り惜しむかのように、終演予定の17時を過ぎてなお延々45分続いたアンコールがまったく長く感じないほど充実していた。
前半はジェレミー・ジューヴのギターソロ。1曲目が始まってまもなく、これはエライことになったぞと思った。音楽が立体的なのだ。もちろん、ギターは旋律と伴奏を同時に演奏できるので、二次元の世界を構築することは造作もない。そういったレベルではなく、ここにあるのは三次元の世界。本当にこれがギター1本で演奏されているのか自分の目を疑いたくなった。
2曲目は河野賢の限定モデル1999(河野の死後、後継者の桜井正毅が完成させた楽器)に持ち替え、世界初演の新曲。「複雑なpersonality」が織り込まれているとジューヴが語ったこの曲では、ときおり顔を出す抒情的なフレーズが、突然の中断や複雑な和声展開などによって、いつのまにか跡形もなく消えてしまう。まるで、幸せは長くは続かないけれど、その続かなさは一様ではないと諭されているような具合に。
続く武満の作品はいずれも非常に抑えた演奏だった。たいていの奏者なら、少々誇張して聴かせどころにするような箇所を、さらりとすり抜けてしまう。かといって、気の抜けた音楽ではなく、みっしりとした充実感はある。この感じ、どこかで聴いたことがあると思ったら、あるフランス人チェンバリストのフランス・バロックの演奏だった。音楽に対立構造だの輝かしい音色だのを持ち込むなんて、そんなのは田舎者のやること、自分はそういう音楽はしないんだとでも言っているような。おそらく日本人ギタリストなら、こういう武満は弾かないだろうし、そんな風に弾こうとも思わないだろう。フランス人のジューヴだからこそ到達し得た武満の世界である。
一転、次の『ウラン・バートル』では、馬のギャロップの様子の描写を含む、非常に技巧的な演奏で場を盛り上げた。アンコールでは再びフランスもの。ピアフのシャンソンの世界を過不足なく聴かせた。
後半はカウンターテナーの藤木とギターのデュオ。ソプラノとピアノ伴奏という組み合わせで聴き慣れている『SONGS』の曲が、まるっきり別物の様相を呈していた。舞台の上の椅子に座ったまま歌い始めた藤木。『小さな空』では、藤木の喉から出た声が天井で拡散して、そこから紙吹雪のように降ってくるように聴こえた一方で、『死んだ男の残したものは』では、聴き手の胸にダイレクトに突き刺さってくる歌声が印象的であった。その前の『素晴らしい悪女』まで、ギターの音って人の声と相性がいいのだな、これを武満に聴いて欲しかったなと、のんびり聴いていたら、とんでもなかった。藤木の真骨頂を見た思いだ。
ギター・デュオの後にはギタリストが福田に交代して4曲。それぞれ異なる編曲者によるアレンジで、福田は苦労したそうだが、藤木はそんなことはおかまいなし。1曲1曲べつのミニ・オペラを見ているような充実ぶりで、声楽家というより舞台人としてそこにいるというオーラを感じた。それが最大限に発揮されたのは、アンコール。『ぽつねん』は、「高齢化社会のせつなさ」と紹介されたように、どんどん歌詞のせつなさが増していくのだが、「まだだよ」の表現の秀逸さといったら。『明日ハ晴レカナ』では1人芝居を見ているかのような独自の世界をみせた。
アンコールはさらにつづき、武満が音楽と出会って音楽家になる決心をするきっかけとなった『聞かせてよ愛の言葉を』。武満へのオマージュを締めくくるにふさわしいセレクトであった。最後は第二夜に世界初演されたcobaの『ゴヤの夢想』の再演。ものすごくカッコイイ曲。いつかまた、どこかでこの曲が聴けるのを楽しみにしたい。