フェスタサマーミューザKAWASAKI2016 東京交響楽団 オープニングコンサート|藤原聡
フェスタサマーミューザKAWASAKI2016
東京交響楽団 オープニングコンサート
【ジョナサン・ノット、サマーミューザ初登場!】
2016年7月23日 ミューザ川崎シンフォニーホール
Reviewed by 藤原聡(Satoshi Fujiwara)
Photos by 青柳聡/写真提供:ミューザ川崎シンフォニーホール
<演奏>
ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団
<曲目>
ヴィラ=ロボス:ニューヨーク・スカイライン・メロディ
アイヴズ:ニューイングランドの3つの場所
ベートーヴェン:交響曲第6番 へ長調 作品68『田園』
ミューザ川崎で毎年夏に開催されている「フェスタサマーミューザ」。もはやクラシックファン及び川崎市にとっての一大イベントとなった感がある非常に楽しい「お祭り」だ。そして、東京交響楽団を今年指揮するのは、サマーミューザ初登場となるジョナサン・ノットである。言うまでもなく、この指揮者は毎回のコンサートで何らかの内的あるいは外的関連性を示唆した興味深いプログラミングを行なうのが得意であり(それはシーズン全体のプログラミングにまで及ぶ)、今回のようなある種の「気楽な」サマーコンサートにおいてもそれは現れる。すなわち、ヴィラ=ロボスの『スカイライン・メロディ』、アイヴズの『ニューイングランドの3つの場所』、そしてベートーヴェンの『田園』。南米(ブラジル)、北米(アメリカ~ニューヨーク)、ヨーロッパ(オーストリア~ウィーン)。旧大陸/新大陸。都市/田舎。前半の20世紀/後半の19世紀。各場所の自然、風景と人々の生活の歴史の対比etc…。
1曲目のヴィラ=ロボス。まず演奏されること自体が非常にレアな曲だろうが(会場にいた方で録音も含めて聴いたことのある方、何人いたのだろう?)、プログラムによれば「ニューヨークのマンハッタン地域に建つビルや街並みの尾根をそのまま写し取り、それをベースに五線譜化したという実験的な作品」(オヤマダアツシ氏)。と言ってもその実際の音響は「実験的」な印象はなく、聴き易い小品といった趣。ある意味でイージーリスニング的でもある。どこから作曲者の発想が出て来たのかは存じ上げないが、恐らくはあの時代急激に発展したアメリカの、その新時代の物質主義の即物性を象徴的に表している摩天楼に新しい「何か」を見たのだろう。その意味で、ル・コルビュジエのあの著作『伽藍が白かったとき』も思い出す。ヴィラ=ロボス、ル・コルビュジエ、共に1930年代のこの大都市と摩天楼から刺激を与えられ、作品に結実した。
次のアイヴズはヴィラ=ロボスよりももっと多層的な楽想を抱え込み、であるからノットの「交通整理」の手腕は大いに発揮される。特にアイヴズ的とも言いうる2曲目の「コネチカット州レディング、パットナム将軍の野営地」では乱舞する行進曲や歌が互いに組んずほぐれつ入り乱れる様をあくまでクリアに捌ききるノット、さすがに現代作品を得意とするだけある。第1曲と第3曲での美しい弦楽器のテクスチュアも非常な聴き物だった(ところでノットはヴィラ=ロボスとアイヴズを明らかに一まとめと捉えている。4つのパートからなる組曲と捉えているのではないか。なぜならこの2曲をアタッカで繋げて演奏したからなのだが、しかしヴィラ=ロボスが終わった瞬間にかなりの拍手が沸き起こる。それでもノットはそのまま演奏。サマーミューザというコンサートの性質上特にプログラムに記載しなかったのかも知れぬが、ここは一言あっても良かったかも知れない)。ノットにはアイヴズの交響曲をぜひ演奏して頂きたいと思う。特に第4番。
休憩を挟んで『田園』。もう、これは全うに美しい演奏だった。しかも単に素朴な美しさを誇るというものではない。実に意識的な演奏なのだ。第1楽章では、第5番『運命』に負けず劣らず執拗に反復される音型間の連関を常に意識した、内的構造に留意した演奏が実現。第2楽章では豊かな内声部の表現が演奏に厚みをもたらし、終楽章でもそうだがしなやかなフレージングが大変に美しい。敢えての快速テンポによるスケルツォでは田舎の農民の喜びがはじけ飛ぶ。「嵐」においては、もっと刺激的な音響で聴き手をねじ伏せようと思えば出来ようものを、あくまで「その時代の表現」という観点から抑制したのが非常に新鮮。そして終楽章では絡み合う弦楽器群の合奏が実にがっしりと有機的に機能していたのが痛快であり、さらにその音楽には取って付けたものではない、内側から湧き出る自然な熱気の発露があった。
総じて、この『田園』は、楽曲作曲当時の作曲者とその時代の感性、及び後の時代から見た現代性、この両者に目配せの行き届いた、まさにノットにしか成しえぬような名演奏となっていたのだった。これを聴くと、ノットには東響でぜひベートーヴェン・ツィクルスをやってもらわねば、と思う。
しかしアイヴズといいベートーヴェンといい、この指揮者には振ってもらわねばならない曲が沢山ありますね。われわれには、少なくとも2026年(!)までノットと東響の楽しく刺激に溢れたコラボレーションを追って行く楽しみがある。