新国立劇場 團伊玖磨《夕鶴》|谷口昭弘

夕鶴新国立劇場 團伊玖磨《夕鶴》

2016年7月3日 新国立劇場 オペラハウス
Reviewed by 谷口昭弘(Akihiro Taniguchi)
Photos by 寺司正彦/写真提供:新国立劇場

<演奏>
芸術監督:飯守泰次郎
指揮:大友直人
演出:栗山民也

つう:澤畑恵美
与ひょう:小原啓楼
運ず:谷 友博
惣ど:峰 茂樹
児童合唱:世田谷ジュニア合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

民話『鶴の恩返し』を題材にした木下順二の戯曲にもとづくオペラ《夕鶴》は、作曲家團伊玖磨の代表作であり、日本語オペラの古典として広く親しまれている。その総公演回数は800回以上にも及ぶという。

様々な演出がこれまでにもなされてきたが、今回の公演でまず目に入ったのは、簡素な舞台装置である。下手には透明な壁と階段が、上手には質素な民家、中央には一本の枯木が置かれている。特に下手側は近代的というか、西洋風というか、こちらだけ見れば作品の「日本らしさ」というものは分からなくなってしまうほどだ。ただ第1場が始まると、全体はオレンジなど暖色系になり、その後も照明の色・明闇の変化によって、舞台全体の印象が移り変わっていく。一見西洋風な壁は、物語進行に伴う心理状況を暗示しているようでもある。上手の民家にしても、象徴的に組み立てられ、つうが機織りする様子も、音楽のリズムに合わせて照らされるライトによって暗示される。こういった舞台のコンセプトには「空」のイメージがあるという。たしかに現世を超越した、ふわっとした感覚があった。

中央にぽつねんと置かれた枯木の周りには、広い空間が現われ、これが登場人物の少ないこのオペラで効果的に使われていた。
特に印象に残ったのは、食事のあと、つうと与ひょうの関係が少しずつ離れていく場面。与ひょうの前からつうがずっと下手の方にぐんと離れていくのかと思えば、ぐっと近づいたりすることもある。こういった細やかな心の動きをステージ上で視覚的に見せられると、そんなに凝ったセットは必要ないのかもしれないと納得させられてしまう。そして後段2人の葛藤が続き、つうの声が激昂のあまりむき出しになる箇所では、音楽的な力とパントマイムの表現力がシンプルな舞台ゆえにつよく伝わってきた。その、つうを演じた澤畑恵美だが、有名な<つうのアリア>では、決してオーバーアクションにならず、悩みを内に秘めた存在であることを聴き手に届けた。

小原啓楼の与ひょうは、純朴の中にも、精一杯生きる姿を見せていた。またその純朴さゆえに、周りの価値観に取り込まれ、つうを傷つける存在になってしまう。そんな彼は、愚者として突き放して見るべき存在ではない。むしろ私たち一人一人が与ひょうになり得るのだということを感じさせた。

谷友博と峰茂樹による運ずと惣どは、それぞれのキャラクターを明確に出していたし、特に第1場では、物語の背景を分からせる必要がある役回りであるため、言葉がはっきりと聞き取れたのは良かった。また世田谷ジュニア合唱団は、作品の随所に爽やかな余韻を残し、公演全体に華を添えた。大友直人指揮東京フィルは、もっとエッジが欲しいと思いつつも、温かい音を聴かせていた。

それにしても、このオペラについて改めて考えさせられたのは、2人の主人公が本当に幸せな瞬間が、とても短いということだ。その分かれ目に「お金」が大きな影を落としているようだが、経済的な成功がどれだけの幸せを人間にもたらせてくれるのか。金儲け万能主義がはびこる現代において、このオペラが問いかけるメッセージは、ますます大きなものになってきているように思われてならない。

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