佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2016《夏の夜の夢》|小石かつら

夏の夜佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2016《夏の夜の夢》

2016年7月26日 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
Reviwed by 小石かつら(Katsura Koishi)
Photos by 飯島隆/写真提供:兵庫県立芸術文化センター

〈スタッフ〉
指揮:佐渡裕
演出/装置・衣装デザイン:アントニー・マクドナルド
照明デザイン:ヴォルフガング・ゲッベル
振付/ムーヴメント・ディレクター:ルーシー・バージ

〈キャスト〉
オーベロン:藤木大地
ティターニア:森谷真理
パック:塩谷南
シーシアス:森雅史
ヒポリタ:清水華澄
ハーミア:クレア・プレスランド
ヘレナ:イーファ・ミスケリー
ライサンダー:ピーター・カーク
ディミートリアス:チャールズ・ライス
ボトム:アラン・ユーイング
クインス:ジョシュア・ブルーム
フルート:アンドリュー・ディッキンソン
スナッグ:マシュー・スティフ
スナウト:フィリップ・シェフィールド
スターヴリング:アレクサンダー・ロビン・ベイカー
助演(インドの少年):デワング・ナヤ
合唱:ひょうごプロデュースオペラ児童合唱団
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団

兵庫県立芸術文化センターは2005年の開館以来、毎年オペラをプロデュースしており、これまでに《ヘンゼルとグレーテル》、《蝶々夫人》、《魔笛》、《メリー・ウィドウ》、《カルメン》、《キャンディード》、《こうもり》、《トスカ》、《セビリャの理髪師》、《コジ・ファン・トゥッテ》、《椿姫》を上演してきた。オペラというものを初めて観る人が楽しめることをミッションとしたラインナップであることは一目瞭然だが、注目すべきはその上演回数。初年度の《ヘンゼルとグレーテル》こそ3回だけの公演だったが、それ以降は7回から12回もの連続上演を成功させている。言うまでもなく日本国内で他に類をみない空前の大成功である。ちなみに座席数は2000。チケットは早々に売り切れ、公式ではない売買サイトが存在し、会場は満員御礼となる。

11年目にあたる今回、なんとブリテンの《夏の夜の夢》が企画された。正直、おどろいた。まさか、あの兵庫が、まさか、あのブリテンを。「芸文センターはじまって以来のチャレンジ」、「佐渡にとっての挑戦」といった文句が散見された。当然である。シェイクスピア没後400年といっても、さすがに公演回数は「たったの6回」に抑えられた。しかし筆者が見る限り、それは杞憂だったのではないか。2月21日にチケット発売開始で、筆者が3月はじめに問い合わせをしたところ既に残席わずか、希望の日のチケットを購入することはできなかったのだから。芸文センターのオペラを毎年楽しみにしている知人からも、今年はチケットが取れなかったために行けない、という声が聞かれたほどだ。

当日。客席に入ると、大きな緞帳いっぱいに描かれた「シェイクスピアの顔」がわたしたちを迎える。圧巻だ。この会場に足を踏み入れるまで、シェイクスピアが誰か、ブリテンが何者かを全く知らなくても、開演前の10分間、写真入りの登場人物相関図が載ったプログラムに目を通すだけで、夏の夜の、夢の世界に入り込むことができる、魔法のようにわかりやすい解説が用意されていた。さすが芸文センター、脱帽である。もちろん配布プログラムは、じっくり読みたい上級者への配慮も忘れていない。あらすじ、解説にはじまり、演出家による演出ノート、シェイクスピアのこと、ブリテンのこと、妖精のこと、と、それぞれの専門家が執筆していて読みごたえ十分であった。デザインが美しいことも、こちらをわくわくさせた。

幕開けすぐに登場したオーベロン役の藤木大地に、すうっとひきこまれた。「え?日本語で?」という驚きがあったことも確かだが、いやはや、ゆらめくようでありながら力強いカウンターテナーの声質がまっすぐに迫ってくる。そして今どきオペラを日本語で、という不思議さと妖精オーベロンの不思議さが、おもしろいほど一致して、字幕の日本語に目をやりつつ、浮遊感を存分に堪能した。今日の演出は日本語なんだな、と慣れてきたところで、人間たちは英語で歌っていることに驚く。妖精の世界と人間の世界で言語を変えるとは、ともすれば混乱しがちな異空間の行き来を明確に呈示する憎い演出だ。児童合唱のこわれそうな響きと相まって、不思議さ全開である。

ところで、ハーミア役のクレア・プレスランドが、公演2日目に舞台上で怪我をしたとのアナウンスが、開演前に指揮者自身からあった。舞台には起伏のある森が設定されていて、いつでもどこでも転びそうだ。その舞台に、松葉杖でギリギリまで近寄って足を引きずりながら歌っていたハーミア、森の中をヘレナらと追いかけ回る場面では、車いすに乗って登場。もともとの演出がこのようなものだった、と思うほど、車いすでクルクルと舞台を駆け、ヘレナと仲のよい場面ではヘレナが車いすを押し、言い争いをする場面では真っ向からぶつかり合う。身長が低いことを馬鹿にされる役柄が、車いすに乗るハーミアだから、演出に予想外の深みを与えていた。

「夏の夜の夢」は、その内容が多層にかさなっている。法律、立場、愛情、友情といった人間世界のいろいろ、妖精の世界における疑似関係、そこに、劇中劇を演じる職人たちという、より現実的な人間臭い世界が折り重なる。それら多層な世界が、舞台装置や衣装でも的確に描き分けられていた。それは、400年以上前に書かれた舞台作品が、時代を超えて受け継がれて来た過程を垣間みせてくれるものだし、オペラが書かれた1960年のイギリスを感じつつ、今見ている我々が、現代の日本にいることも思い出させる。そう、19世紀風の衣装には、随所に日本的な要素が取り入れられていた。

挑戦だったという今回の演目。観ている間も、帰宅後も、瞼の裏に残る夢の世界をめぐって、あれやこれやと思いをめぐらすことができた。夜の森の中をかけめぐる恋人たちや妖精、そこに、惚れ薬だ、塗り間違えたと大騒ぎするお話について、夢見心地で思い返す人が、ぎっしり満席の2000人、6回公演分つまり1万2000人もいるなんて、それだけで夢のような話だ。

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