folios critiques ⑥|ホール雑感|船山隆

folios critiques ⑥

ホール雑感

text by 船山隆(Takashi Funayama)
写真提供:タッシ・アーツ

大学での講義や会議から解放されてすでに久しいが、この間の大きな変化の一つは、
演奏会に頻繁に出かけるようになったことかもしれない。東京のみならず、地方都市のホールにもよく出かけている。私自身が船山都市シリーズと名付けている都市、郡山・山形・津山の地元のホールでの演奏会をよく聴いている。私は音楽会は地元で聴き、地元で地酒と料理を楽しんで初めてわかるような気がしている。たとえば山形交響楽団の演奏会は、オペラシティコンサートホールよりも、山形駅前のテルサホールで聴く方がずっとマシな感じがする。ベルリンでもパリでもアムステルダムでも同じなのではないだろうか。

大学から離れて発見した余白に、朝から夕方までの TV番組があり、これまた楽しい。都知事スキャンダルの少し前、舛添要一元都知事が、たしか下村文科省大臣に、東京都には音楽ホールが少ないので、増設するようにと陳情?していた映像があった。私にはホールの数に関しては一度も考えてことがない。どうなのか、読者諸兄姉に判断を委ねたいと思う。まあ舛添元知事の本領は美術館だったらしいけど。

舛添元知事の姿を演奏会場で見かけたことはない。しかし時々演奏会場にふらりと現れる政治家は、小泉純一郎元総理大臣である。オペラとヴァイオリン音楽がお好きらしく、何度もお見かけした経験がある。近着の音楽雑誌のレポートによれば、先頃終了したばかりの第21回宮崎国際音楽祭では、音楽談義を音楽ホールで行ったという。そういえば「音楽遍歴」(日経プレミアルシリーズ)という著書もあるそうなので、近日中に入手したいと考えているところ。欧米の政治家で音楽愛好家は少なくないが、わが国ではまだまだ希少な存在ではないだろうか。

さて我が家に一番近いホールはトッパンホールで、バスで5分の至近距離である。なかなか立派なホールで、意欲的な企画の演奏会を主催している。先日はトーマス・ヘルというドイツのピアニストのリサイタルが開かれた(6月3日)。5月28日、新日フィルの定期で下野竜也指揮で、矢代秋雄の「ピアノ協奏曲」を聴いた私は、ヘルのピアノに感銘を受け、ジェルジ・リゲティの「習作」全曲演奏という画期的な演奏会の切符を愚妻の分も購入した。しかしいざ出かけようと思ったら、演奏会は前日に終了してしまっていた。それはそれとして、この小ホールは、このような未知の大器の演奏会を主催するという大胆さと緻密さをもっているらしい。6月25日にはこのホールで、「武満徹 WATER ∞ COSMOS(ウォーター リンク コスモス)」と題された演奏会も開かれた。主催者はどうもこのホールではなかったようだが、木村かをりをはじめとして武満作品の熟達した腕っこきの演奏はすばらしいものだった。このトッパンホールが第47回(2015年度)のサントリー音楽賞を受賞したという。ご同慶の至りである。

いまや音楽ホールは小ホールの時代に入りつつあるのかもしれない。
ここで簡単にこの国の音楽ホールの歴史を辿り直してみよう。日本におけるクラシックの歴史はホールの歴史でもあった。東京音楽学校奏楽堂(明治23年)、日比谷野外音楽堂(同38年)、南葵楽堂(大正7年)、日比谷公会堂(昭和4年)、東京文化会館(昭和36年)。そこにサントリーホールとオペラシティコンサートホールが続く。この2つの本格的な音楽専用ホールの創出に、私自身も、携わったことを誇らしく思う。前者の場合は、音楽財団の評議員として武田明倫らと、後者の場合は、設立準備委員として、武満徹の指名で秋山邦晴らと。これらの友人たちを限りなく懐かしく思い出す。

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船山隆(Takashi Funayama)
福島県郡山生まれ。東京藝大卒、パリ第8大学博士コース中退。1984年より東京藝大教授、2009年同名誉教授。2014年より郡山フロンティア大使。1985年『ストラヴィンスキー』でサントリー学芸賞受賞。1986年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。1988年仏の芸術文化勲章シュヴァリエ受賞。1991年有馬賞受賞。東京の夏音楽祭、津山国際総合音楽祭、武満徹パリ響きの海音楽祭などの音楽監督をつとめる。日本フィルハーモニー交響楽団理事、サントリー音楽財団理事、京都賞選考委員、高松宮妃殿下世界文化賞選考委員を歴任。

『雨の樹』

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『ブライス』

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『ウォーター・ウェイズ』

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『エクリプス』

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『閉じた眼』

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