笠川恵 ヴィオラ・リサイタル|佐伯ふみ
2016年6月28日 東京オペラシティ リサイタルホール
Reviewed by 佐伯ふみ(Fumi Saeki)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
<演奏>
笠川恵(ヴィオラ)
ウエリ・ヴィゲット(ピアノ)
野中正行(エレクトロニクス)
<曲目>
バーグスマ:『トリスタンとイゾルデ』の主題による幻想的変奏曲
グリゼー:ヴィオラ独奏のための『プロローグ』
田中吉史:ヴィオラとピアノの通訳によるL.B.へのインタビュー
J.S.バッハ:ソナタ ヘ長調(原曲:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 ハ長調 BWV1005)
ハーヴェイ:ヴィオラとエレクトロニクスのためのリチェルカーレ
シューマン:幻想小曲集 op.73
現代音楽の精鋭集団アンサンブル・モデルン(1980年結成)のメンバーとして活躍する笠川が、オペラシティの定評あるシリーズ「バッハからコンテンポラリーまで」に登場。大好きだというシューマンを締めくくりの曲として、得意の現代ものにバッハの無伴奏ソナタをはさみこんだ、盛りだくさんのプログラム。ピアノのヴィゲットもまたアンサンブル・モデルンのメンバーで、息のあったアンサンブルを聞かせていた。
今井信子との出会いでヴァイオリンからヴィオラに転向、留学中のジュネーヴで現代音楽の代演を引き受けたのをきっかけにこの世界に入ったという笠川。アンサンブル・モデルンは20人ほどの集団でメンバーの国籍はさまざまだが、女性は、そして日本人は、笠川とパーカッションの小川るみだけである。
プログラムのキーワードは、「リチェルカーレ=探究」。バーグスマとグリゼーは1960年~70年代の現代音楽史を語るうえで欠かせない代表的作曲家、対するハーヴェイと田中は2000年代の新たな潮流。田中の作品は、ルチアーノ・ベリオに日本人研究者がインタビューを行った音声をピアノとヴィオラで再現するという実験的なもので、文字通り、2つの楽器の「対話」である。ハーヴェイ作品もまた、ヴィオラとエレクトロニクス(野中正行)との対話と言える作品で、どちらも、音楽の繊細なひだに分け入るような聴取体験。面白かった。
笠川の音はおおらかで、優しい。日本人で現代ものを得意とする弦楽器奏者というと、アタックがきつく、音色も尖った(痩せた)演奏家が多いように思うが、笠川は違う。バッハの『ソナタ ヘ長調』の「ラルゴ」は本当に美しく滋味豊かで、聴き惚れた。何事もこつこつと積み上げていく自分のものにしていくような、謙虚な人柄がよく表れているように思う。外連味もはったりもない分、もしかしたら、特に現代ものは単調に響くことがあったかもしれない。ただ筆者は、この衒いのなさ、虚心坦懐にありのままの「今」を聞かせる姿勢にこそ、好感をもった。